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第43話 ハッピーデー

「は? お前、ハッテン場行ったのか?」 「しー! 声!」  溜め息混じりの呆れ顔をした仰木に慌てて口元に指を立てる。実習が終わって、作業着を着替えるロッカー、人もまばらになってきた頃、ボソッと話した。 「バカじゃねぇの。あそこはお前みたいなのは」 「……」  言われなくてもわかってる。バカだったって。そのせいで和臣もキョーヤにビンタ食らう羽目になったし。 「? あれ? って、お前、行ったことあんのか?」 「!」  前にどんな場所なのかって訊いた時は、行ったこともないし、行きたいとも思わないって、そう言ってたぞ?  「おい! 仰木!」 「あー……まぁ、一回だけ、な。こっちの大学行くってなって、上京して間もない時に」  仰木が目を逸らしながら教えてくれた。実家は田舎で、ハッテン場なんてものあるわけがない。実際にあるのかもわからない都市伝説みたいに思ってた。だから、上京したての頃、テンション高く乗り込んだことがあったと、仰木はその時のことを言いにくそうだった。 「すぐに出てきたけどな」 「……」 「だから、お前の彼氏が遊び人って聞いて、ろくでもないって思った」 「……」 「お前は? 彼氏がそんなとこ行ってるって聞いて、どうだった?」 「俺は……」  ――引いた?  そう訊いた時の和臣の表情を思い出した。俺はハッテン場がどういうところで、そこに和臣がいたんだとか考えてさ、正直に話すなら。 「俺は、和臣のこと、すげぇ大事にしようって思った」 「……」 「なんて、言うと、じゃあ今までは? ってなるかもしんねぇけど」  好きだったよ。キスもセックスも、和臣から教わりたいし、あいつ以外となんてしたくないって思った。あいつは何でも知ってて、包容力もあって、カッコよくて、頼れるし、安心するって、そう思ってた。けど、今は。 「今は、あいつのことを俺が大事にしてやろうって思う」  俺が、教えてやるって、思うんだ。恋の、仕方、とかさ、そういうのを。 「……なぁ、剣斗」  言いながら、クソ恥ずかしかった。恋愛なんて今回が初めての俺が何言っちゃってんの? って感じかもしんないけどさ。 「お前、やっぱ、俺と付き合って」 「は? 何っ、急に、ちょ、バカ! 目がこえぇよ!」 「怖くもなるだろ! お前、どんだけ、今、俺がうらやましいと思ったと思ってんだ!」 「わけわかんねぇよ! ぎゃー! バカ! 服を剥こうとすんな!」  作業服を脱いでる最中だった俺は襲われかけて逆に作業着を着なおそうとして、それを邪魔する仰木の腕力が案外すごくてまた焦る。これなら、今日やってた作業の工具こいつに全部運ばせればよかったとか思ったりなんかして。  ギャーギャー騒ぎながらの攻防戦を繰り広げていた。 「マジで! おい! 剥くなっ、……? 仰木」  けど、途中で仰木が襲い掛かろうとする手を止めた。 「あー……なんか、すげぇな」 「あ?」 「いやぁー、これはすげぇ」 「あぁ? 何がだよ」 「あの人、爽やかイケメンっぽいけど、セックス激しいのな」  今度は心の中で「ギャー!」って叫んだ。どこらへんのキスマークを見られたのかわかんねぇけど、腹とか胸とか、今すごいんだ。だから、着替えようにもさ、汗臭いTシャツをこのままにできなくて、どうしたものかと考えて時間潰しも兼ねてハッテン場のことを話したんだけど。  それを見られて、顔面が燃えてるみたいに熱くなる。たしかにすげぇ激しかったし、あと、場所が玄関とか、ハッテン場でやるよりすごいとこでしたのを、思い出して、慌てる。  ちらっと、仰木の反応を見ると、すげぇ、無表情で俺をじっと見つめてた。そして。 「…………スケベ」 「んなっ! これ、つけたの俺じゃねぇし!」  慌てて否定した。 「いや、そんなんつけられてるお前がスケベだわ。すげぇスケベ。あースケベ」 「なっ! なんでだよ! 連呼すんじゃねぇよ!」 「スケベだわー」 「棒読みすんじゃねぇよ!」  きっと真っ赤だ。けど、仰木がまだスケベって連呼しながらも背中を向けてくれた。俺はその隙にと急いで着替えを済ませる。 「なぁ、剣斗」 「あぁっ?」 「お前のこと、惚れてるけどさ。けど、応援もしてる」 「……」 「なんか、応援もしたくなったわ」  また熱くなった。今度はちょっと照れ臭いのも混じってる。からかわれたことだけじゃなくて、なんか仰木のしんみりとした声と、見ないようにと背中を向けてくれた気持ちが照れ臭くて、ほっぺたが熱くて、俺は「おぅ」って返すくらいしかできなかった。  駅前で、スマホ片手に柱へ寄りかかる姿を少しだけ眺めてた。あのカッコいい奴、俺の彼氏なんだなぁなんて、思いながらじっと眺めて、一人ニヤニヤしながら、一歩歩み寄る。 「和臣!」  呼ぶと顔を上げて、笑ってくれた。俺の、彼氏。 「待った?」 「いや、実習お疲れ」 「あとちょっとで鈴木班脱出だぜ! んで、そのあとは、佐藤班。楽なんだってよ。軽い感じっつってた」 「よかったじゃん」  ふわりと笑って、ふわりと髪が風に揺れて、緩くて優しい空気に包まれる。 「映画、何にしようか。お前のことだから」 「あ、俺! 観たいのがある! これ!」  もう昼間にスマホでチェックしてあるんだ。ジャジャーンって和臣の目の前にチェック済みの映画のポスターをスマホで見せ付けた。 「これがいい!」  タイトル、「君の隣」――絶賛激甘ラブストーリー。 「……っぷ」 「なっ! 笑うなよ! お前、どうせ俺がこっち見ると思ったんだろ!」  次に見せたのは「死霊の悲鳴」――絶賛和製恐怖映画。 「あははは、思ってない。いや、お前、絶対のこのラブストーリー観たがるんだろうなぁって思った。けど、照れて言わないかもなって。そしたら俺が観たいってことにしてやろうと思ってた」  そんなに笑うことないだろ。どうせ、キャラに似合わず和製ホラーとか全然見れねぇよ。冒頭五分と持たずにギブアップだ。 「言うっつうの……彼氏には」  ぼそっと零した呟き。それに和臣がちょっとだけ目を丸くして、でもその二秒後くらいには蕩けたような笑顔になって、俺の作業着の帽子で崩れた髪をもっとくしゃくしゃに掻き乱した。 「あとで、あっまい苺ミルク味のポップコーン買ってやる」  その笑顔がたまらなく幸せそうだったから、なんかくすぐったくて笑いそうで、口をへの字にしてながら、甘いカフェオレも追加でねだった。

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