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第45話 スイッチ

「できたー!」  渾身の一作。いや、これ、二枚だから二作? でも、ペアだから。 「ワンセット作!」 「っぷ、何それ」  初パッチワークで作ったクッションカバーを自慢気に天井へ向けて掲げた俺の隣で、和臣がクスッと笑った。 「だって、ペアだからワンセットだろ?」 「……剣斗」 「ン」  できたてホヤホヤのクッションカバーをぎゅっと握りしめ、いきなりの深めなキスに舌で応えた。絡ませて、吸い付いて、そんで唇を湿らせるように舐めて。 「ン、何? 急に、スイッチ入った?」  ドキドキして、ドギマギして、上目遣いでチラッと彼氏を覗き見る。 「今の、ワンセットの言い方がキタ」 「変なとこでスイッチ入れるなよ」 「剣斗が変なとこで可愛いこと言うからだろ」  全っ然だ。ちっともわかんねぇ、そのスイッチ。けど、嬉しくて、ぎゅっと抱きついて、その首にぶら下がるように引き寄せて、またキスを――って、思ったけど。 「ちょっと、タンマ!」  イチャイチャするなら、先にこれアップしたい。始めちゃったら、きっと止まらないからさ。ここんとこ、和臣がレポートの提出続きでちょっとご無沙汰だったから、今夜、ようやくそのレポートが全部終わったから、したかったんだ。イチャイチャを。  そんで、するんなら、たんまり可愛がってもらいたいから。先にこれだけ、アップしたい。  パッチワーク、楽しかった。  これを作ってる間にも、たくさん和臣との時間が積み重なってった。だから余計に愛しくて、小さな布を繋ぎ合わせてできてくとこも、なんか、小さな出来事の積み重ねで深くなってく俺らみたいで。 「……いい感じじゃね?」  二枚を少しだけ重ねて床に置いて、背伸びしながら真上から撮ってみる。けど、なんか、斜めになったからもう一枚撮って、いい感じにペアのクッションカバーできました! って、ツイッターで自慢してみた。  即座に返信が来たのは一番よく話してるコマメさんだった。  ――うわぁ! すごい! 可愛いね! やっぱ、ケイトさんの作品は素敵だよ! 「キヒヒ。ありがとうございます。パッチワーク、とっても……楽しかった……と」  ――こんな可愛いクッションカバーが部屋にあったら、テンション上がる! 「褒めすぎじゃね? コマメさん、めっちゃ褒めすぎじゃね?」  ――今度、手芸クラフトの展示会があるんだよ〜。大きな会場で。 「へぇ、そんなんあるんだ。知らなかった。さすが都会」  ――私も他のフォロワーさんと組んで出るんだけど。 「へぇ、すげぇな」  田舎だったからさ。そんな展示会なんてありえなかった。いつも手芸は一人で楽しんでた。けど、今時代じゃん? SNS使えば共通の趣味を持った人と繋がれて、話せるかなって思いついてツイッターを始めたんだけど、まだ日も浅い俺はこういうイベント情報には疎くてさ。  ――ケイトさんも参加してみない? 「…………へっ?」  ――楽しいよ? 趣味共通の人がたくさんいて。 「えっ!」  ――どう?  どう? って、そんなの…………出てみたい。  だって、手芸のことは周りの誰も知らない。俺がこの見た目で趣味が手芸って知ってるのは和臣だけだった。和臣に、自分ひとりで消化しない、OLのフリとかなしで趣味のことを話せるのはすげぇ楽しい。和臣は手芸詳しくないけど、それでも、話してるだけでワクワクしてくる。  だから、きっと展示なんて参加してみたら、最高だと思うんだ。 「剣斗? どうかした?」 「あー、なんか、展示会とかあるんだって。手芸の。すげぇでかい会場で。ほら、フォロワーさんのコマメさんがさ、その展示に出るんだけど、俺にも参加しないかって、声かけてくれて」  最高だろうけどさ。 「ありがたいけど、断んねぇと」 「……」 「俺、OLって嘘ついちゃってるからさ。それにビビんだろ。ずっと会話してたOLが性別すら違ってて、そんでこんなヤンキーとかだったら、皆、さ」  怖いだろ。いろんな意味で。ギャップも、それときっとコマメさんとか、俺みたいなガラの悪い奴怖がりそうじゃん? 「だから、いいよ。俺、別に作れればって、ちょ、おい! 和臣! それ、俺のスマホ! っつうか、俺の垢だって、なぁ!」 「……」 「おいっ」 「……送信、っと」  慣れた手つきで俺のスマホに文字を打ち込んで、あっという間に送信しちまった。  ――いいんですか? 嬉しいです。あ、でも、その日は用事があって行けそうになくて、でも、作品だけ参加とかできますか? 作品だけでも見てもらえたらとっても嬉しいなぁって。 「これならいいだろ。身バレしない。そんで、こっそり会場行ってみよう」 「……和臣」 「剣斗の作品、俺、好きだよ。丁寧でさ、すごく手芸楽しいんだろうなってわかる。コマメさんもそれがわかるから、誘ってくれたんだろ。お前の見てくれ知らないで、ただ作品だけを見て、一緒にどうですか? って、言ってくれてるんだから」  ヤバイ。なんか、キタ。 「作品だけでも参加させてやりなよ。お前が一生懸命作ったんじゃん。作品だって出てみたいって思ってるよ」 「和臣……すげぇ好き」  今のは、言ってくれた言葉は、俺のスイッチをガン押しした。 「ちょー、好き……ン……」 「剣斗こそ、変なとこでスイッチ入れるなよ」 「変、んじゃねぇし」  恋の発情スイッチ、めっちゃ入った。しがみついてキスをする。唇を舐めて、吸って、うなじに鼻先を埋めて、和臣の匂いをいっぱい胸に吸い込んで。 「ぁっ……ン、和臣、さっきの続き」  彼氏の上に跨った。 「したい、続き」  そして、キスをしながら、久しぶりのたんまりイチャイチャをねだって、身体の奥がとろけていくみたいに熱くなっていった。 「……ン、和臣」  ――もちろん! じゃあ、また、連絡するね!  コマメさんからのそんな返信を読んだのは、もう日付も変わった頃だった。

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