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第47話 青痣
午後の実習が終わったら、なんか、緊張してきた。少しだけ、ドキドキしてる。アポは取ってあるんだ。っつうか、アポだけなら取れる。ただ、大体落ちるだけの話でさ。
あれ、アルバイトの面接。
「なぁ、剣斗、今日、このあと、どっか行かねぇ?」
仰木がひょこっと俺を覗き込んで、今日は彼氏がバイトで帰り遅いんだろ? って、笑った。
和臣のバイト先は、もうその外見のまんま、笑っちゃうくらいに似合うところ。カフェの店員。大学近くにある個人経営の雰囲気抜群、女受けも抜群の、お洒落カフェ。そこのちょっとしたマスコット? 客寄せ? そういう感じ。俺としては少し、いや、かなり面白くねぇけど、客寄せ係りとして重宝されてるらしく、融通が利くんだと。課題が詰まってる時とか考慮してもらえるらしくて、和臣にとってはかなり好条件だから、俺のヤキモチは蓋をする努力をしてる。
そんな俺はこの金髪があまりよろしくないため、接客業はほぼアウト。
「今日、俺のバイト休みなんだよ。一緒にカラオケとかさ」
仰木は、大学近くの食品工場でバイトしてる。年中無休、いつでも人員不足、そんな工場だから、行けばどっかしらのラインに配置されるらしい。うちの大学はマジで課題とかハンパなかったりするから、明日はバイトしたいから働かせてくれで大丈夫なところは助かるんだ。とくに夜勤だろうと関係ない寮生はそこでバイトしてる奴が多い。
「剣斗?」
けど、和臣がいい顔しなさそうだよなぁ。
仰木と一緒とか。
「なんだよ、俺のこと睨みつけて」
あんま心配かけたくねぇ。この前の、ハッテン場の件で本当に心配かけただろうから。
「あ、もしかして、ちょっと、俺に気が」
「ねぇよっ!」
「即否定かよ!」
それに、実は、働いてみたいとこを……見つけたんだ。
「俺、今日、用事あるから。そんじゃーな」
この前、見つけた。入れるかどうかわかんねぇけど、物は試しだろ。
クラフト皮小物を作ってる小さな店の商品管理とかの仕事。夕方からの数時間、アシスタント的な感じで雑務をこなすんだって。
未経験者歓迎、服装自由、簡単なお仕事です――なんだそうです。
『……はい』
「あ! 本日面接をお願いしている者です」
『……はい。中へどうぞ』
尋ねたのは大学から駅四つ分移動したそんなに栄えてない場所。細い路地には小さな店がいくつも連なってて、そこのひとつに木造で、蔓草がお洒落な感じに巻きついた、アットホームなハンドクラフト屋。扉を開けると、カランコロンと懐かしい音と皮の少し独特なにおいがした。
店内は店っていうよりも展示室っぽくて、皮小物が並べられている。
「……いらっしゃい」
店主は店の中にはいなかった。暖簾が奥にあって、そこから人が――。
「……ぇ?」
「剣斗君」
っていうか。
「えぇ?」
「久しぶり? 元気だった?」
「えええええっ?」
そこにキョーヤ、さん、がいた。
「あはは、驚いた? まさかなぁとは思ったんだ。電話で君が品川剣斗って名乗った時、和臣の彼氏の名前も同じだったけど、まさかぁって思って」
心臓止まった。だって、まさかあの人がここにいるとは思わないだろ? つうか、あの人が皮物クラフト作家だなんてさ。
「ちょうどよかった。募集の張り紙出したはいいけど、あんま面接とか好きじゃなくてさ。早く決めたいけど、でも、適当に変なの捕まえて後でクビにしたり、また別の人材探したり、っていうのも面倒だなぁって思ってたんだ」
ふわりと微笑んで、柔らかそうな髪を指で耳に引っ掛ける仕草が無駄に色っぽい。
「君にお願いしようかな」
「……あの、ほっぺた、どうしたんすか?」
「ぇ? あ……あぁ、これ?」
その白くて繊細そうな頬に薄っすらと青い痣みたいなものが見えた。殴られた痕に見えて、俺はそんなこと訊いちゃいけないと思いつつ、気になって。
「セフレと縁切りまくってたんだけど、ひとりがキレてさ。殴られたんだ」
「……ぇ」
「ふざけんなって怒鳴られた。それが何人目かの時で、もうメンドクサイなぁって思って、雑に話したのが癇に障ったんだろうね。でも、まぁ、自業自得ってやつだから仕方ないんだけど」
「あの、大丈夫ですか? ちゃんと冷やしたほうがいいっすよ」
京也(きょうや)さんっていうらしい。宇貝京也(うかいきょうや)。クラフト小物を作ってる作家で企業家で、普段は作った作品を提携している雑貨屋に卸してるんだって。その在庫の管理と、材料の発注、なんもかんもをひとりでやってたんだけど、ちょっと手が回らなくなってきたから、人手を――そう思った。
「優しいね。俺、君のこと、嫌いなのに」
「……」
「和臣とは相変わらず仲良し?」
「はい」
「……そう」
この人は和臣のことを好きだったんだ。セフレだったけど、本当は。
「君と和臣が歩いてるところを偶然見かけたんだ。大学行ってるんだね。ここに書いてある。そりゃあんなところで遭遇するはずだよ。ご近所さんだもん」
「ぁ、あの」
「あ、言っとくけど、俺、和臣に未練とかないよ」
「えっ? ないんすか?」
ないよ、ないない、ってあっけらかんと笑ってる。
「ただ、ムカついたんだ。俺と同じ、ぼっち、だと思ってたのに、なんかすごく幸せそうに笑ってたから、腹が立っただけ」
笑ってるけど、痣が痛そうだ。
「恋愛なんてもう面倒だって思ってたのに、和臣もそうだったはずなのにって。だから、あんなことしたんだ。けど、もう一回頑張ってみたいと思った」
笑うと、頬が青いのが可哀想に思えたけど。
「目の前で、ドラマみたいなさぁ、青春って感じのことされて、ちょっといいなぁって思ったんだよね。俺もあんなんしたいなぁって。だから、もっと頑張ろうかと思ったら、なんか仕事ばっか増えてさ。そんで人手不足ってわけよ」
こんなふうに笑う人だったんだな。もっと艶っぽくて、色気がすごい感じがしたのに、今のこの人はどこか子どもみたいだ。
「あ、そうだ。いつから来れる? っていうか、連絡はラインで大丈夫? うちも個人経営の小さなとこだからたまに来てくれるだけでいいよ。そのほうが人件費かからないし」
「え? 俺、採用っすか?」
「そうだよ。ちょうどよかった。メンドクサイから知り合いの君で決めちゃう。君、真面目だし」
「あ、あの」
「宜しくね」
ニコッと笑ったその顔は本当に無邪気な笑顔で、あの晩と同じ人だとは思えないくらいよくしゃべってるから、少しびっくりした。
ポカンとしてたら、段々、綺麗な顔に痛々しく残る青痣が、どっかで喧嘩してきたガキ大将の勲章のようにも見えてきて、痛々しさが吹き飛んでた。
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