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第48話 ガチネコですもの
「はい? そんなのダメに決まってるだろ」
そう言うと思った。和臣の元セフレのところでアルバイトなんて。
「だよな。だから……はい」
「……はい?」
スマホを差し出すと、一瞬で和臣の眉間に皺が寄った。通話中になっている画面にものすごく警戒した顔をしてたけど、向こうを待たせるのは悪いと思うから、その手の中にスマホを押し付けた。
それをすっげぇ、渋い顔でめちゃくちゃイヤそうな溜め息を吐きつつ受け取って、警戒心丸出しの声で電話の向こうに呼びかける。
「……もしもし? ……わかってる。今、剣斗から聞いた……あのさっ……」
そっからは沈黙だった。
――大丈夫だよ。だって、考えてみてよ。俺、ガチネコだよ? 君のことを襲う確率がほぼゼロって、あいつが一番よく知ってる。大学の友達と同じバイト先で夜勤やるよりも、よっぽどいいでしょ。だから大丈夫。きっと渋々でもOKするよ。
そう言ってた。
「は? ちょ、キョーヤ、あんたっ! ……絶対だからな」
それにしては、なんか、和臣の受け答えが少し違うような気がしなくもないんだけど。頭抱えるような話だったっけ? それとも風邪か? 頭いてぇのか?
「わかったよ……それじゃ」
ようやく電話が終わった。と、同時にさっき以上に重たい溜め息。
「和臣?」
「……」
「どうかした?」
覗き込むと、なんともいえない顔をしてた。あれだ。あれ。うちの親父が二日酔いで頭を抱えながら、しじみの味噌汁飲んでる時にそっくりだ。
「なぁ、和臣? あの、なんか、言われた?」
「……言われてない」
じゃあ、なんだよ。その後悔後先たたず的な顔はさ。すげぇアホみたいに酒飲みまくって、お袋大好きだーって叫びまくって、廊下で寝た親父の翌日の反省混じりの渋い顔みたいなの。
「バイト、頑張れよ」
「! い、いいの?」
「……あぁ、ただし!」
その声に、ぴしゃりと背中が伸びる。
「その、あれだ、つまりは」
ビシッと、親父並の雷が突然落っこちてくんのかと思った。なんだ。そうじゃなかった。真っ赤な顔で言いにくそうにして、和臣がすげぇ可愛い。
「わかってるよ。余所見なんてしねぇし。俺、男が好きなわけじゃねぇから。京也さんには興味ない。っつうか、ムラムラするとしたら……」
クスクス笑いながら、真っ赤な彼氏を覗き込んで、その唇にキスをした。
「和臣にだけだから」
その、あれだ、つまりは、余所見するなよってことだろ? そんなの言われなくても余所見しねぇよ。好きなのは、和臣だけなんだから。
仕事はそんなに難しくはなかった。とくに俺が親父の手伝いをしてたこともあって、在庫の管理とか、発注とか、一回訊けば大丈夫だった。
京也さんはここで黙々と皮小物を作ってるらしい。設計して、生地裁断して、塗って。けっこうな力仕事らしくて、あの時、ハッテン場とかではすごく華奢で繊細そうな人に見えたのに。
「あはは。頭抱えてたかぁ」
仕事場にいるこの人はけっこう普通に男だった。足開いて、分厚い皮を道具使って縫い合わせていく光景は美人ネコじゃなくて、職人って感じがして、普通にカッコいい。
「やっぱ、なんか打ち合わせと違うこと言ってたんすか?」
「んー、そうねぇ。なんか、俺がガチネコっていうだけじゃ心配だったんじゃない? 君の事、本当にぞっこんみたいだから、俺が、タチになるかもって思ったのかもね」
「……ぇ」
「ぶっ! そんなイヤそうな顔しないでよ。それにガチなんだって、俺、タチは一切興味ないの。だって、この美人だよ? ネコで気持ち良くさせてもらうほうがいいよ」
言いながら、ふわりと微笑んだところはとても妖艶だった。けど、俺はそれ以上に、そのほっぺたの青痣が消えていたことにホッとする。
「だからさ。和臣の恥ずかしい過去をばらすよって脅したの」
「えっ?」
「知りたい?」
「知、」
知りたい。すっげぇ知りたい。けど、ばらすよって脅したのに、ばらしちゃったらダメじゃんか。めちゃくちゃ、クソ知りたいけどさ。
「知りたい、けど、それ、ダメっすよ」
「やっぱ、真面目だね。剣斗君は」
だって、やっぱ、フェアじゃねぇじゃん。和臣があんなに知られたくないことを、こっそり教えてもらったらさ。もう、この前のハッテン場みたいなことはもうこりごりだ。全部知りたいって思った結果、あんなふうに心配かけて怒らせた。
「たいしたことじゃないよ」
「……」
「まだ、子どもだった彼の小さな失敗。酒飲み方も知らなくて、寝ゲロするまで飲んだこととか。トイレでぶっ倒れたとか。君の前ではカッコよくいたいんでしょ。君も和臣のこと、すごくカッコいいって思ってるみたいだし」
「なんだ……そんなことか」
俺はてっきりもっとすごいことだと思った。京也さんとした色んな大人の事情のあれこれとかそういうのかと。だって、この人も和臣とセックスしたことが何度もあるからさ。俺よりもずっと上手だろうし。手ほどき的なこととかもあったりしたのかなって。和臣のしてくれるセックスがすげぇ気持ちイイのはこの人に教わったのかもって、思ったし。
「和臣はすげぇカッコいいけど、すげぇかっこ悪いとこも、俺は好きですよ」
「……」
「寝ゲロとか、見てぇかも。ずっとネタにして笑えそうだし」
親父の二日酔いはしょっちゅうだった。お袋のこと大好きすぎて、好きだ好きだって連呼しながら、お袋と間違えて、商店街にある等身大の白髪おじさん人形に抱きついて、そんなに太くないってしこたま怒られたり。お袋自慢がうるさくて、お袋に黙れって言われたり。そんな親父のかっこ悪いところを見て溜め息をつくお袋はいつも、優しい顔をしてた。
変なの、って俺は思ったけど。
今は、うん……わかる。
「どんなあいつのことも俺は好きですよ」
好きだと、けっこうなんでもOKになるって。
「……なんか、うらやましい」
「え? 何がすか?」
「こんな可愛い子を彼氏にできた和臣が! あー、いいなー!」
「で、でも、京也さんって」
ぐーんと伸びをして、脚をガバッと男らしく開いて座る美人がニヤリと笑った。
「タチ……できたりして」
「! ぶっ、げほっ! ごほっ!」
何も飲んでないのに、自分の呼吸にむせたじゃんか。いきなりおかしなことを言い出すから。
「あ、あの、俺! 言っときますけど! ゲイじゃないんで!」
「ぇ? そうなの?」
「俺、男が好きなんじゃなくて! 和臣が好きなんで!」
「ひょえー、すごーい! 少女漫画みたい! 素敵すぎるー!」
なんか、この人ってこんなキャラなのか? 最初の時と随分違うんだけど。
「でも、じゃあ、美人ネコな俺が相手してあげようか?」
「いいっす。いらないっす」
即答で答えると、その人は足をガバッと開いたまんま男らしく、高らかに笑っていた。そのほっぺたは青痣どころか、少し色づいていて楽しそうだった。
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