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第50話 変態おのぼりさん

「剣斗、お前、その格好のほうが目立つぞ」 「けっ、けどさっ!」  誰も「ケイト」が俺だって知らない。でも、コマメさんとこのブース覗いた時に俺の作品見つけたら、絶対に、ぜーったいに、にやける。  そしたら、バレるかもしんねぇじゃん。OLだと思ってた「ケイト」がこんなヤンキーだってわかったらさ。 「ほら、これもいらない、あと、これも、こっちも」  そう言いながら、パッパッ、って俺のフル装備変装グッズを。 「あれじゃ、風邪引きながら逃亡してるヤクザか、変態だ」  変装じゃなくて、変態かよ。風邪引きながら逃亡するヤクザって大変そうだな。フラフラしながら逃げるとか。っつうか、犯罪者かよ。そんな変態グッズと言われた、サングラスに、帽子、マスク。全部取られて慌てる俺に、和臣がふわりと笑う。 「デートなんだから」 「!」 「普通でいいんだよ。普通で」  何もくっつけてない、普段のままの俺の、オールバックですらない髪を掌でくしゃっとした。 「で、でも……」 「剣斗の作品、俺はすごく好きだし、剣斗のことも好きだよ。今日のデート、すごく楽しみにしてたんだから、変態かヤクザのコスプレじゃない剣斗とさせてよ」 「……」  やっぱりさ、あのガキの頃のことは相当ショックだったんだ。もう胸は苦しくならないけど、あの時は苦しくて痛くてさ。思い出さないようにしてるんだけど、でも、やっぱどっかにずっと残ってた。いつまでも残り続ける傷跡は指で触ると痛みはないけど、少し膨らんでいて、前に痛いことがあったんだってわかる、そんな感じ。 「でも、変態とヤクザ、ふたつくっつけたら、なんか最強っぽいな」 「……っぷ、変態ヤクザ、即捕まるだろ」  けど、和臣といたら、傷痕に触る暇もない。手はあの時の傷に触れない。だって、手は――。 「ほら」 「は? い、いいのかよ。こういうの、外じゃ」 「ちょっとだけだよ。人通りが多くなったら、離すから」  手はずっと和臣と繋いでるから。 「行くぞ、剣斗」  人の目がある時は離すっつってたのに。  結局は繋いだままだった。長いこと繋いでいてくれた。普段はそんなんしない。男同士で手を繋いで昼からデートなんて、大学でも完璧隠し通してる和臣はしないのに、今日は隠そうとしてなかった。ずっと、チラチラ向けられる視線も気にせず普通に手を繋いで、会場までの電車の中で、次のデートの場所とか、帰りの夕飯はどうしようかとか、会場は混んでるかなとか、そんな話をずっとしてた。  電車の中、窓から入ってくる午前中のキラキラした日差しが当たる和臣の表情は優しくて、アッシュブラウンの髪が柔らかそうで、繋いだ手は温かくて、会話は楽しくて。日常の、他愛のない会話なのに、すごく嬉しくて。  すげぇ好きだなぁって思いながら、和臣のことばっか見つめてた。 「うおおおお! すげえええ!」  展示会場のでかさだけでテンションが上がった。おのぼりさんっぷりがすごいだろうけど、でも、テレビでなら見たことのある建物は目の前にしたら、想像していた以上の迫力で、行き交う人の視線とか気にしてられなかった。思わず声が出たんだ。 「すげ……」  こんな会場のどっかに俺の作品も並ぶのかよ。  手芸関係の企業も品評会みたいなものを兼ねて参加するでかいイベント。色んな分野に分かれてて、コマメさんが参加しているのはその中の「クリエイター部門」、もうその名前からしてカッケェ。数人で作ったサークルとして参加するらしい。  そこに俺の作品も並べてもらえる。お礼を直に渡したかったけど、ここに来てることは内緒だからさ。 「剣斗、迷子になるなよ」 「わかってるって!」  中はもっと人がすごかった。先を歩こうとする和臣だけを見て、パッと早歩きなんてすれば、すぐに誰かと激突しそうになるほど混雑してる。 「ぁ、ちょっと待ってろ。ここを動くなよ。会場パンフレットもらってくるから」 「あ、うん」  その場でじっとしてた。周りを見て高い天井を見上げて、ふと、夢なんじゃないだろうかと思ってみたりして。 「コマメさんのいるとこは……あ、あったここだ。そんなに遠くない」 「マジで? 行こ! 早く」  あっちこっちに飾られている作品はすごいものばっか。キラキラヒラヒラ、どの作品も綺麗で、もっと近くに行って見てみたら、その上手さに俺は驚くんだろうな。  俺のは、この中だったら、すげぇ地味、だ。色も女子が好きそうな色使ってねぇし、実用的なのを考えて作ったし。だから、あんなキラキラヒラヒラはしてない。 「うわぁ、これ、めっちゃ欲しいかも」  その言葉が耳に飛び込んできた。 「あ、それですか? 可愛いですよね。実用的で」  誰か知らないけど、女子がふたりじっと見つめてる先にはパッチワークで作ったリュックとクッションカバー、それにがま口の財布に、そうそう、スリッパも作れた。色は統一して青とモノトーンで、ユニセックス的な感じを意識してる。作ってるのが、男の自分だから、どこか可愛いのよりも「イイ感じ」を目指した。  俺だ。  それ、俺が作ったんだ。  男でも使えるように。彼氏と一緒に使えるように。 「これ、彼氏とかとはんぶんこにして使いたい」  リュックは彼氏、クッションは自分、スリッパも自分、けど、財布は彼氏、とかさ。生地自体は同じのを使ってる。パッチワークならではのニュアンスが似てる感じで、なんとなくペアっぽく。 「いいですよね。これ、私も、この人の作品すごく好きなんです」 「あ、作った方じゃないんですか?」 「私じゃないんですよ。今日は都合が悪くて来られなくて、なので作品だけ」 「そっかぁ」  残念そうな顔を、されちまった。 「すごいな……剣斗……」 「……」  俺の作品を見て、良いって言ってくれた声を直に訊けて、どうしよ、俺。 「もしよかったら、見ていってください」  その時、接客対応していた女の人がこっちを見てニコッと笑った。きっとこの人が、コマメさんだ。 「ぁ……えっと」 「どうぞ」  思っていた以上に小さい人だった。すげぇ年上なんだと思ってたけど、そうでもないっぽい。小柄で、長い髪をくるくると顔サイズ級の団子にして頭のてっぺんに乗っけてる。守ってやりたくなる系の小豆みたいな「コマメ」さん。 「?」  入り口のところで躊躇っている俺らをわずかに首を傾げる姿はまさに小動物。大学は男ばっか、バイト先の京也さんも決して小さいわけじゃない。だから、こんなに小さい人と話すのは地元にいた頃以来だった。 「あの……この、パッチワークの……」 「はい。これは今回参加してないクリエイターさんのものなんです。とっても素敵で」 「……ぁ、の、えっと」  本当はいっぱい話したいんだ。さっき、知らない人が俺の作品を褒めてくれたこともめっちゃ話したい。コマメさんのもすげぇ可愛い。 「すごく、素敵です。コマメさんのアクセサリーとかシュシュとかもっ」  男の俺には必要じゃないから思いつかなかった作品も可愛くて。正直言えばもっと話したいだけど。 「創作、頑張ってください!」  本当は、俺の作品を置いてくれて、俺の作品のことを紹介してくれて、ありがとうございますって言いたい。だから、その分を込めてしっかりとお辞儀をした。 「失礼しますっ!」 「剣斗っ!」  けどさ、嘘ついてるのがバレるから、何も言わず、余計なことを言わないようにその場を離れようとした。 「……ぇ……け……ケイト、さん?」  その足がピタリと止まる。 「ケイト、さん? かな?」  そっちの名前で俺を呼び止めたのは、和臣じゃなくて、小さくて華奢な「コマメ」さんだった。

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