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第51話 リアル

 その場を離れたようとした足が、ピタッと止まった。ネットの中ではたくさん話したことがあって、手芸のことだけじゃなくて、彼氏、和臣のことも話したり、すごく身近なような、すごく遠いような、不思議な距離感の「コマメ」さん。  思っていたよりも小柄で、年も予想してたよりも若くて、髪型とかも違ってて、あ、でも、服装はイメージしてたまんまだった。作品、自作のワンピースとか見せてもらってたから。  その人がリアルに存在していることの不思議。当たり前なのにさ。仮想世界のキャラじゃねぇんだから。 「ケイト、さん? ですか?」  けど、ネットの中で呼ばれてた俺の名前を、ネットの中でだけの人が突然目の前で呼ぶ不思議。 「……」 「あの、ごめんなさい。人違いでした。すみません」 「彼はケイトですよ」 「ちょっ! 和臣っ!」  びっくりして返事をせずにいる俺を知らない人だと思い、謝ろうとするコマメさんに和臣が話しかけた。 「おまっ」 「やっぱり、ケイトさんだった」  なんで言うんだよ。そのままスルーできそうだったのに。ぶっちゃけた和臣に慌てたけど、コマメさんはふわりと笑って、首を傾げながらホッと胸を撫で下ろした。知らない人に話しかけてしまったのかと焦ったって。すみませんって謝ると、首を横に振ってまたふわりと笑う。 「ケイトさんの作品、たくさん見てたし、話しもいっぱいしたからね。なんとなぁく、どこか男性っぽいっていうか、女性だとしてもすごくサバサバしたカッコいい方なのかもって思ってた」 「……ぁ」 「それに名前が剣斗さん、ネット上では、ケイトさん、似てるでしょ? あとね……」  そこで一度、話すのを止めて、俺の作品へ視線を移す。 「作品を見つめる目が真剣だったから」  だって、すごく感動したんだ。自分の作品を他の人が見て褒めてくれる生の声を聞けるなんてって。 「あ、あの……怒らないんすか? 嘘、ついてたこと」 「え?」  だって、性別も年齢も偽ってたんだ。俺の作品を気に入ってくれて、こうして展示に参加させてくれた人をずっと騙してた。 「でも……ケイトさん、いつも丁寧に話しかけてくれたから」 「……」 「それって、嘘とか関係なく、ケイトさんが良い人っていうさ、性別も年齢も、職業も関係ない、素の部分でしょ? それに、はっきりとは言ってない気がする。女性です、とか。そういうの私らの作ったイメージでさ、会話でなんとなくそういうイメージ作ってたところあるから」  それはさっき、俺が持っていた想像上のコマメさんと一緒。 「だから、嘘つかれたとかないよ。でも、ちょっと不思議かな。あー、実在したんだーって」  それは、さっき俺が思ってたこと。コマメさんがマジで目の前にいる! って驚いたのと一緒。 「びっくりはしたけど。でも、ケイトさんはケイトさんだよ。作品、丁寧で可愛くて、私はすごく好き」 「ぁ……」 「あ、でも、一つ謎が解けた! けっこうケイトさんの作品って色使いとか、カッコいい時があってさ。ぬいぐるみとかもあんまりキュート系じゃないっていうか。中性的っていうか。なるほどって」  作ってる本人が女子じゃないから、作品にそれが反映されてた。 「あの……ビビらないんすか? 引き、ません?」  男なのに、とかさ。この見てくれで、とか。 「ぜーんぜん」  ただそう言って笑ってくれただけで、ふわっと心が軽くなる。透けるほど薄いガーゼみたいに、ふわりと柔らかくなる。 「あの、すみませーん」 「あ、はーい」  その時、また誰かがここのブースに来て、コマメさんが作った作品のことを聞いている。コマメさんは笑いながらそれに答えていた。 「……よかったな」  ジワッとした。ベソはさすがにかかねぇけど、和臣の言葉がすげぇズンと来てさ。なんか胸のところが熱くなる。 「……うん。和臣のおかげだ」 「俺は何もしてないだろ」  してくれた。すげぇ、でかいこと。  俺一人だったら、この展示に参加なんてしなかったよ。いいなぁって思いながら、あれこれ断る理由いっぱい並べて自分を納得させて諦めてた。そのほうが楽じゃん。諦めて、ぼっちでやってるほうが傷つくこともない。 「ケイトさん!」  離れがたいけど、ずっとここのブースにいたいけど、それこそ邪魔だろうし、けっこう忙しそうだから、退こうと思った時だった。  クンと、服の裾を引っ張られて、驚きながら振り返るとコマメさんがじっと俺を見つめてた。バチっと目が合って、裾を引っ張ったことを謝りながら、パッと小さな手を自分の背中に隠して、肩をすくめる。 「あの、もしよかったら、またツイッターで話してね!」 「……」 「もちろん、ケイトさんがフォロワーさんに内緒のままがよければ、私も黙ってるから。でも!」  でかい、目をもっとデカく見開いて、その黒い瞳にびっくりしてる俺が映るくらい。 「でも! 今度、また展示の時は参加して欲しい!」 「ぇ、あ、でも」 「すごいよ! 私、もう何度も訊かれたもん! すごく、ケイトさんの作品、好評だよ! だからさ!」  また、俺の作品がこんなでかい会場に並べてもらえるのか? 「だから! 今度はさ! ゲストじゃなくて! メンバーとして!」  ずっとぼっちでやってた手芸を、こんな場所で、たくさんの人に直に見てもらえるのか? 「参加してください!」  それを想像したらワクワクした。ワクワクして、そんで、その時は何を作ろうって、頭の中でアイデアが次から次に溢れて、あれもいいかも! これは……微妙かな。じゃあ、これは! なんて、返事もまだしてないのに、次の展示のことを考えて、期待に胸を膨らませてる自分がいた。

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