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第52話 神との遭遇
なぁ、すごくね? 俺の作品をたくさんの人が見てくれたことも、触れてくれたことも、それに――。
「うわ、和臣、ミニチュアがある! すげ、本物にしか見えねぇのに、嘘みたいにちいせぇ……」
「本当だ」
それに、コマメさんと話しちった。すげぇ小柄な人だったな。でも、けっこう明るい人だった。あんま大人しくなさそうで、元気で。
「あ、あっちの人の服すげぇ!」
会えてよかったって言われた。ビビりもせずに笑ってくれて、またツイッターでも話そうねって。そんで、次の展示に向けて頑張ろうって。
「……和臣」
「んー?」
「今日、俺をここに来させてくれて、ありがと」
あっちもこっちも見たいものだらけ。ずっとワクワクしてる。けど、ここには俺一人じゃ絶対に来れなかった。作品を出展する時点で断ってたし、この場所へ来るなんてこと思いつくことすらなかった。手芸屋にひとりで入るのすら躊躇うような奴だぜ? 和臣がいなかったら、今日は俺、何をしてたんだろう。
「マジでありがとっ」
笑うと、和臣が髪をかき上げ苦笑いを零した。
「すごいタイミングで俺のツボ押すよな、剣斗は」
「え?」
そして、一つ溜め息を零す。
「本当は、剣斗をここに連れてきたこと、ちょっと後悔しそうだった」
「あ、ごめん。疲れたよな。ずっと歩きっぱなしで」
とにかく人がすごいんだ。皆、展示に目を奪われてるから、端から端までブース一列を見るだけでもかなり大変でさ。俺は楽しいけど、和臣にしてみたら、見るのが楽しくたって、疲れのほうが勝るだろ。
「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど」
「へ?」
「いや、剣斗っ!」
いきなり手を引っ張られて、完全に油断していた俺はその勢いのまま和臣の胸に激突するこtになった。
「ぼーっとしてるとぶつかる。人、多いから、気をつけて、剣斗」
「あ、う、うん。わりっ」
思いっきり抱きついてる。人がすげぇいっぱいいて、ざわざわと賑やかな中で、和臣の声だけが自分の耳元すぐそばで聞こえて、くすぐったい。好きな奴との距離が急に近くなったことに動揺半分、嬉しいのが半分。
「って、わりっ! マジで!」
なんか、一瞬、蕩けた。でもここはそういう場所じゃねぇって慌てて自分を和臣からひっぺがして、肩に力を入れて真っ直ぐ姿勢良く起立する。そんな俺を見て、和臣が引き寄せた手の行き先迷子になりつつ、ぽかんと口を開けた。そして、すぐに吹き出して笑ってる。きっと、俺の顔面が真っ赤だったんだろ。
「なっ! なんで笑ってんだ!」
「だ、だって、おま、可愛いいんだもん」
「わかんねぇよ!」
今のどこが可愛かったのか。なんで可愛いと思ってる相手見ながら爆笑してんのか。まだ肩を揺らして笑っている和臣の、その、肩越しに、ふわりとした白が見えた。
「あっ! なぁ! 和臣! あれって!」
「?」
肩バンバン叩いて、あっち向けって指で指し示した先にあるのは。
「……すげ」
白い大きなパッチワークキルト。やっぱ、すげぇ人気のクリエイターなんだな。並んでるブースじゃなくて壁のとこのエリアなんだ。その壁に大きく飾られたパッチワークは大人の背丈以上もある高さ。両手を広げたって、その端と端に手は届かない幅。
迫力満点だった。
前に和臣とネット上で見たのよりもずっとでかくて、ずっと繊細で綺麗なキルトはカラフルで楽しげな作品が並ぶ会場の中、独特な雰囲気を持っている。時間が止まって、音が消えて、白い布をいくつも張り合わせただけのはずなのに。
「羽、みてぇ……」
生で見るのは全然違ってた。
なんだこれ――そんな言葉しか出てこなくなる。自分と同じ手芸作品とは思えなくて、次元が違いすぎて、ただ口を開けて見上げてる。
「こんな……」
こんな作品、どんな人が作ってんだろ。コマメさんみたいに小さな女の子って感じの人がこんな迫力のある作品作るのかな。製作時間ってどんくらいなんだろ。どんだけの――。
「品川、剣斗……だよな」
「!」
「よかった。やっぱりそうだ」
いきなり横から名前を呼ばれて、心臓が止まった。
声のするほうへ顔を向けると、そこには男がひとり立ってた。背の高い、和臣くらいはありそうな、短髪で、カリアゲで、肩幅がっちりな男。目が鋭くて、どっかで見たことがあるような、気が……すんだけど。どこで? なんかさ、「え? ここで?」みたいな、場違いな場所で見たような。
「剣斗とお知り合いですか?」
見てないような。
「? 貴方は?」
「俺は、剣斗の、大学の、先輩で……地元が」
あのカリアゲをどこか似合わない場所で、見たような。見て、ないような。
「あーっ!」
「剣斗っ?」
カリアゲ短髪と俺の間に入っていた和臣が、思いっきり、ビクゥッ! って飛び上がってから慌てて振り返る。
「手芸屋の!」
「剣斗?」
手芸屋で見かけたんだ。この前、和臣がいなくて、ひとりでこの展示のために足りなくなったものを買い足しに、駅前の手芸屋に行った時にいた。俺は入るのを躊躇ってたけど、このカリアゲ短髪が颯爽と入っていくのを見て、俺は何を気にしてんだーって。その後も、抱えきれず落っことした糸を拾ってもらったっけ。
「あの、俺、前にっ手芸屋で、この人、会ったことがっ」
すげぇ偶然。こんな手芸クリエイターがまさか近くにいたなんて。同じ手芸屋で材料を買ってたなんて。和臣に全部話したいけど、大興奮すぎて言葉が詰まる。
「手芸屋?」
「そうっ! この前っ!」
カリアゲ短髪の小さな頭の後ろにそびえるように飾られている作品がそうさせるのか、俺にとってはとてもつもない、ちょっと神レベルの人との遭遇に感動すらしてる。
「なんだ、俺のこと、覚えてたわけじゃないのか」
「ぇ?」
「品川剣斗、覚えててくれたのかと思った。俺のこと」
「?」
鋭い瞳を細めて、薄い唇を緩めて微笑む、神レベルのクリエイター。
「俺だよ」
「……あの」
「小学生の頃、同じクラスだったんだ。覚えてないかもな。神田(かんだ)」
「……」
「中学で引っ越したから」
神田、その名前は。
「……!」
「ぁ、思い出した? 俺のこと」
その神レベルのクリエイターは、名前にマジで「神」って一文字を持った、大昔、俺が得意気に夏休みの課題で持っていった手芸作品をバカにしたクラスメイトだった。
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