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第53話 ことば爆弾

 ――うわ。すげぇ、女の趣味じゃん。  その言葉は思いっきり、深く、ぐっさりと刺さったんだ。俺の胸のとこに。その瞬間まで誇らしげだった気持ちが粉々に砕けて、足元に落っこちてさ。でも、その砕けた欠片さえもその場から消し去りたくて仕方なかった。あの時のことはすげぇ悲しくて、後悔ばっかで、なかったことにしたいのに、痛みも忘れられないくらいにしっかり残ってた。  ガキの言ったことなんて気にしなきゃいい。自分が一生懸命作ったんだから、誇るべきだ、なんて、子どもの俺は思えなかった。大人からしてみたら、振り返ってみたら、些細な悪口だろうと、あの時の俺にとってはすげぇ破壊力を持った言葉だったんだ。 「この前、手芸屋で会った時、ハッとした顔をしたから、俺のこと覚えててくれたのかと思ったんだけど」  その悪口を言ったのは、神田って名前だった。顔は、あんま、覚えてねぇ。ただ、言葉だけが残ってた。 「剣斗? 知り合いなのか?」  俺はもう変われた。和臣がいてくれたから、もう、あの時みたいな気持ちにはなんねぇ。 「剣斗? 何か」 「っ」  悔しかった。けど、悲しすぎて、なんも言い返せなかった。  あの日から、俺は手芸をしてることを、誰にも言わなかった。言えなかった。和臣が見つけてくれるまでは。  今は、ムカつくって思ってる。女の趣味とか言ってんじゃねぇ。男とか女とか、手芸すんのに関係ねぇよ。恋愛と一緒だ、好きなことすんのに、好きな奴といんのに、性別なんてことぬかしてんじゃねぇって、そう――。 「あの時は、ごめんっ!」  そう、言ってやろうと思ってた。 「ごめんっ」  けど、いきなり神田が頭を深く下げたから、胸ぐら掴んで文句を言ってやろうと思った手が行き先を失った。これじゃ、胸ぐら、掴めねぇ。 「……神田?」 「ごめん。俺、手芸……好きだったんだ」 「……」 「あの時、俺も課題にパッチワークをやろうと思ってた。けど、親が良い顔しなくてさ。そんなものをするんじゃないって、別の、親が用意したものを課題にした。そしたら、品川が、あの日、俺のやりたかった手芸作品持ってきて、なんか、気がついたらあんなことを」  女の趣味じゃん。そんな爆弾みたいな言葉を落っことした。 「悪いって思ったんだ。けど、言い出せなくて、何から言えばいいのかわからなくて、それで……」 「……」 「本当にごめん。ずっと謝りたかった。あの時は」 「おい、あんた、剣斗に何を言ったのか知らないが、剣斗はっ」 「いいって! 和臣!」  和臣にあの時のことはは話してない。神田が何を俺に言ったのかも知らない。それでも察してくれて、俺を守ろうと前に立ってくれた。 「いいよ……和臣」  けど、大丈夫だよ。 「……剣斗」  あの爆弾みたいな言葉を落っことされたのは俺だけじゃなくて、神田もだった。 「気にしてねぇから」 「……品川」 「神田も気にしなくていいよ。俺、ヘーキだからさ」  作りたいもの作ってドヤ顔したかっただろ。けど、親がそれをよしとはしてくれなかった。渋々、別の課題をやってきたら、隣で俺が、神田のしたかったドヤ顔をしてたらさ。  ガキだったんだ。  だから、その自慢気な顔に腹が立って仕方なかったんだろ。羨ましくて、なんか投げつけてやりたかったんだろ。  正直、神田があの時持ってきた課題のことなんて覚えてない。何を結局選んだのかを知らない。やりたくないものをずっとつまんねぇって思いながら作ってたら、そんなもん、ひとっつも魅力なんてない。  覚えてるんだ。  あの時、爆弾みたいな言葉に消し飛んだけど、たしかに、俺の作ったものがダントツ一位ですげぇって思えた。キラキラに輝いて、作品群の中に埋もれない。俺のが一番良いって思った。それはガキの頃の課題発表でも、今、この展示会場に置かせてもらった作品もそう。頑張ったからさ。自慢の作品だ。  そんなの横にあったら悔しくなるじゃん。  それが子どもだったら尚更だ。 「っつうかさ、これ、この白いパッチワークキルトって神田の作品だったんだな」 「あ、あぁ」 「すげぇって思った。前にツイッターで見たよ」  もしも逆の立場だったら、俺だって言ってたかもしんねぇ。妬みの気持ちでいっぱいになってさ、傷つける言葉を。 「近くで見てもすげぇな」  いいよ。もう。俺はお前のこと、あの手芸屋で見ても気づかなかった。けど、お前は俺だってわかってくれた。ずっと気にかけてくれてたんだろ? 謝ってくれたし、俺は気にしてねぇから。ちょっと前だったらそうは思えなかったかもしんねぇけど、今の俺はもう、ヘーキ。 「羽広げてるみたいで綺麗だな」 「……」 「やっぱ……すげぇ」  見上げるほどでかいキルトはどんくらいかかったんだろう。このひとつひとつ、白だけどちょっとずつ違っている白をなんまいも切って貼って、どんだけ根気の要る作業だったのか、この規模よりも遥かに小さいサイズを作ってみたことのある俺には想像もできない。 「あの、品川は一般参加?」 「いっぱん?」 「あぁ、見に来ただけなのか? でも、この前あの手芸屋にいたから」 「あー、いや、参加してる。誘ってもらって、そんで、向こうのブースに」  指で指し示したほうを神田が視線で追いかけた。アルファベットと数字でエリアがわかるように表示されてて、その番号をとりあえず伝えたけどさ。 「あのぉ、すみませーん」 「あ、はい!」  けど、すげぇな壁にいるクリエイターはたぶんレベルが高いんだろ。人がわんさか集まっていて対応もしないといけないから忙しそうだ。他に手伝ってくれてるスタッフっぽい人もいるけど、でも、ファンの人とかはやっぱ本人と話したいだろ。作品のことを聞かれたり、声援をおくられたり、神田は対応しないといけなくて忙しそうだ。 「いこっか。和臣」  神田の邪魔にならないように、そっと離れよう。 「品川!」  そう思ったら、わざわざ接客対応を中断して神田が追いかけてきてくれた。いいのかよ、ほら、誰かお前に語りたそうに待ってるぞ、そう言うと、真剣な顔で首を横に振った。 「あとで! お前の作品見に行く! それで、今度はちゃんと感想言うから!」  いいのにさ。 「連絡先を!」  だから、もう怒れねぇじゃん。こんな真面目に色々考えてくれたらさ。ずっと悲しい出来事として記憶に残ってるけど、本気で焦って追いかけて来た必死な顔の神田がその記憶の上に乗っかって、上書きされたから、もう悲しい出来事ばっかってわけでもなくなっていた。

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