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第55話 それぞれに

「あと、一日だな、剣斗」 「あぁ、あと、一日だ、仰木」  ぐったりとしながら、机の上ふたりして突っ伏して溜め息を、めちゃくちゃ重たい溜め息を落っことす。  そしてしばしの沈黙。もう、お互いにヘトヘトだ。グースカ寝てるわけにもいかねぇじゃん。徹夜でどうこうなるわけじゃねぇけど、最後のあがきをさ。 「っああああああ! ……おしっ」  明日で終わりだと奮起して、机にへばりつきたくなる重い頭を持ち上げた。大学での初テスト期間に俺も仰木もやられ気味だけど、あと一日でそれも終わり。 「おら、帰るぞ。仰木」 「あー……」  仰木もようやく重たい体を机から引っぺがして立ち上がると、最近少し伸ばしてるらしい髪を無造作にかき上げ、「しんど……」って、小さくぼやいた。  そう、しんどい。マジで、きつい。ラストがさ、あいつなんだよ。あいつ。鈴木。普通に笑った。ラスボスじゃんっつって、仰木と笑って、課題レポートつきになる鈴木の最終日テストに息を飲んだけど。その戦いも明日で終わりだ。 「なんか剣斗、元気じゃね?」 「元気なわけあるか。ヘトヘトだっつうの。言っただろ。昨日は今日の材料力学のテスト準備でほぼ徹夜だったって」 「なんだ、爽やかスケベ彼氏と一緒に勉強会でもしてたのかと思った」 「してねぇよ。会ってねぇし」  仰木がびっくりした顔をしてた。  まぁ、そうなるかもな。ほぼ毎日どっちかの部屋行ってたから。バイトもあったけど、京也さんのとこは夜はないし、和臣のとこもカフェだからそう遅くはならない。  けど、テスト期間の間は会わないことにしてた。勉強に集中しないといけないし、俺が実家の家業のために入学したのを知ってるからさ、色々考えてくれてるんだと思う。大学でのテストは初めてだし。  俺のこと、すげぇ考えてくれてるんだと思うけどさ。 「おい、剣斗」 「あ?」 「一回、ガス抜きしろ」 「は?」 「いや。抜くんでもいいから、ほら、出して来いよ」  だから何をだよ! って、言い返したけど、仰木はさっきとは違う溜め息を吐いて、失礼なことに俺の顔面、目潰しギリギリとこを指差す。 「顔、すげぇぞ」 「はっ、はぁぁ? 何がっ」 「襲うぞ、てめぇ」  会話になってねぇよって言いながら、どんな顔をしてるかはわかってんだ。だって、テストが始まる前の土日からだから、もう一週間近く会ってねぇ。 「メールくらいしてんだろ? ほら、その顔、写真撮って送ってやれよ。速攻で来るぜ?」 「おま、バカだろ」  あいつはあいつでテストなんだ。邪魔になるだろ。俺は初大学テスト、そんで、和臣は来年の就職活動にも影響しそうな大事なテスト。あと少しくらい我慢しろって話しだ。あんなに毎日会ってたんだから、一週間くらい。 「写真、添付しねぇの?」 「するかよ」  本音を言えば、毎日会ってたのが、会えないのはけっこうきつい。クソ会いたいに決まってる。  ――テスト、終わった! 俺は、あと、一日!  和臣にそんなメッセージを送るとすぐに返信が来た。テストの終了時間は一緒だから、和臣も建築科棟でテストがちょうど終わったはずだ。俺は残り一日、けど、和臣は。  ――がんばれー。俺はあと二日。  そう、和臣はまだ残り二日ある。なんかスケジュール聞いたらハンパなかった。  だから、俺はラスボス鈴木にへこたれてる場合じゃねぇし、会いたいなんてワガママ言ってる場合じゃない。  ――おう、頑張れ。  明後日まで我慢くらい余裕だ。 「お前さぁ、顔に色々モロ出すのやめろよ」 「は? 何が?」 「何って、その、盆と正月と誕生日とクリスマス、全部がいっぺんに来たみたいな顔だよ」  だって、仕方ねぇだろ。  ――テスト、終わったら、会おうな。  そんな返信が来たら、そりゃヘラヘラ笑いたくもなるだろうが。  ――うわぁ、大学生大変だねぇ。私、専門だったから、そういうのわからないや。 「そうそう、大変っすよ」  ――ねぇねぇ、いいよ、そんな敬語じゃなくて。 「そういうわけには、いかない、っすから、年上の人に対して、失礼なんで」  今はダイレクトメールでコマメさんと話してるから素の感じ。普通に皆が見れる場所の時は今までどおりだけど、コマメさんとは次の展示のこともあって、こっちのダイレクトなほうで、こっそりと会話を続けてた。  ――年上扱い! 「いや、そこで怒られても……」  その呟きはリアルに零して、先輩ですからって返事を送った。  ――次の展示の前に打ち合わせとかできる? 大学夏休みだよね? 「そっか、そういうのもあんのか。平気、っすよ、多分。バイトあるけど、大丈夫、だと思います」  京也さんは仕事が好きなのか好きじゃないのか、革小物を作る腕はすごいらしいけど、休みも欲しい人みたいで、けっこう土日はしっかり休む。だからきっと夏休みもしっかり取ると思うんだ。個人経営だからこそ、プライベートと仕事の区切れはすごく大事にしてるって言っていた。一人で切り盛りしてた頃から、そこは徹底してたんだって。そんなわけで、盆休みとかがっつりって予想してる。  いや、がっつりどころか、どっか海外とか言ってそう。ハワイ? いや、もっとすげぇとこに、サングラス頭に乗っけて軽やかに「ちょっとそこまで」なノリでスーツケース一つで行きそう。  ――彼女と旅行あったりすんじゃないの?  盆休みには地元に戻るつもりでいた。どうせ地元が同じなんだから一緒に帰ろうぜって。他にも色々予定を組んでる。まずは、花火だろ? 海ももちろん、それと山は……地元が山ばっかだからいらないとして、遊園地とか、観覧車の中でキスとか色々考えてるんだ。  ――大丈夫っすよ。いくつか予定が埋まってるけど、展示の打ち合わせ、宜しくお願いします。  そう返事をした。ここで和臣との予定全部を伝えるのもおかしい話だろうし、ぶっちゃけ、ふたりであれしたいこれしたい、したいしたい、って感じにやりたいことが増えすぎて、それをコマメさんに伝えるのが面倒くさかった。  ――そうだ! 言い忘れてた! 剣斗君、すごい人が知り合いなんだね! この前の展示で私も繋がったんだけど。 「? 誰だろ」  すげぇ知り合いなんて。  ――K、っていう人。展示の時に、剣斗君の作品見に来たよ! 「あ、神田?」  そっか。あんま意識してなかった。白い人って覚えてて、クリエイター名がKって、今知った。神田、だから、Kなのか。けっこうシンプルだな。  神田とはたまに、連絡が来る。あいつもどこかの大学に通っているらしい。歳が同じだから、環境が似てるんだろ。たしか、あいつの行ってる大学はテストが夏休み明けだから、休んだ気になれなさそうだって、初の大学テスト期間のことを心配してた。  最初の印象は、イヤなことを言う奴。そんで、次の印象が白い人。今は、真面目で不器用な奴。  ――同級生なんすよ。この前の展示で偶然再会したんです。  神田はそろそろ夏休みかな。あいつも次の展示出るんだろうな。そしたら、きっと、あの生真面目なツラで黙々と白い作品を作ってるところかもしれない。勉強との両立は大変だって言ってたから、夏休み後のテストを気にしながら。 「……さてと」  そして、スマホをしまうと一度大きく伸びをした。グンと身体を伸ばして、テスト勉強のスイッチをオンにする。 「よしっ!」  残り一日、最後のテスト勉強に集中するべく、ここからチャリで数分のところにいる和臣へ内心エールを送ると、自分も今期のラストになるテスト勉強をはじめた。

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