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第58話 未来の
「あ、俺、甚平なら持ってる」
夏だからもう髪なんて濡れたまんまでもいいんだけど、和臣は風邪引くだろって言うんだ。
「っぶ」
「おい、和臣、今、笑ったろ」
けど、髪なんていいよ、別に。このまま寝ようぜって思う。
すっげぇ気持ちイイセックスして、風呂入って、キスして笑って、ふわふわした気持ちと少し気だるい身体、あと、内側で感じる和臣の存在感。ほら、こんなじゃさ、もうこのまま寝たいだろ。まさに夢見心地。
けど、ダメって言われて、「めんどくせぇ」って文句をこぼすと、和臣の懐に招かれる。別にこれ目的で髪乾かすのを渋ってるわけじゃねぇけどさ。
「だって、お前、持ってそうだもん。甚平。ヤンキーっぽいっつうか、ヤンチャっつうか」
「う、うっせぇなぁ」
でも、ここはすげぇ好き。和臣の脚の間を陣取ってられるのはマジで最高。
「じゃあ、和臣は持ってんの?」
「んー、持ってない」
「持ってねぇんじゃん!」
あと、セックス後のイチャイチャ甘々時間も好きだけど、こういう普通の会話をする普通の時間も好き。
「でも、花火大会、明日じゃん」
「そうね」
「浴衣は無理じゃね?」
「その前に、一緒に買いに行く?」
「んー、でも、金ねぇよ。バイト代、展示ので使ったし、夏休み、和臣と遊ぶ分とっておきたい」
それと、和臣の指が好きだから、髪乾かしてもらえるのも最高。イイコイイコのご褒美みたいな感じでさ、大事にされてる感もあって、幸せ度数がハンパじゃねぇ。
「堅実だよな。剣斗は」
「ぁ、今、見かけによらずって思っただろ」
「思ってないよ」
「思った! 絶対に思った!」
思ってないよって、小さく笑う声も好き。とくにセックスの後は疲れてるのか、落ちつくからか、普段以上に気が抜けてて、それでいて低音だからくすぐったいほどゾクゾクする。
「ぜってぇ思った」
うなじのあたりを乾かそうとする和臣のために、乾かしやすいよう俯いて、ブーブー文句の続きを呟く。
「剣斗ってさ」
「あんだよ」
「猫みたいな」
「あ? あぁ、だって、セックスんとき、俺、ネコ役なんじゃねぇの?」
「そういう言葉は覚えなくてよろしい」
「んだよっ」
コホンと咳払いをしたの、ドライヤーの音に混じってたけどわかったぞ。だって、そう言ってたじゃん。皆。あのバーのマスターも言ってた。そんで、京也さんはバリバリのネコなんだろ? タチは絶対にしない、バリネコっつってた。
「今度、猫耳つける?」
「危険だからやめておきなさい」
「もう! んだよっ!」
「腰立たなくなるぞ」
それって、俺のことすげぇ襲ってくれるってこと? っつうか、仰木がドン引きするくらいエロスケベ度高いのに、まだ、これ以上がありえるってこと?
「いいじゃん。腰立たなくても、そしたら、また風呂上りにこうやって髪乾かしてもらえるし」
うなじを撫でてくれる指が心地良い。寝ちまいそうなくらいだけど、寝たくなくなるゾクゾク感も混ざって、病み付きになる。ずっと――。
「じゃあ、ずっとお前の髪は俺が乾かしてやろうか。剣斗の髪、柔らかくてすげぇ好き。気持ちイイ」
「……」
「俺は可愛い大型猫の世話係り。そんで、剣斗の作った飯食べて、って最高じゃん」
「……」
「いいかもなって、ごめんっ! 熱かったか? 真っ赤になってる」
「っ、つあ!」
うなじのところを指で撫でられて、ビクンって、トランポリンでもやってるみたいに飛び跳ねた。
「つあ?」
「な、なんでもねぇっ! あれ、買ってある! 食う? そうめん。もしかしたら、和臣が飲んで帰って来て、小腹空くかもって思ったんだ。俺も食いたいし、もし、食いたかったら」
言葉がつっかえすぎだ。けど、だって、和臣が変なこと言うから。
「かっ、髪、ありがと」
サラッと、言うから。びっくりした。
「すぐっ、できっから、ちょっと待ってて」
なんか、ドキドキしたじゃんか。そんなわけねぇのに。その単語に妙になんか、飛び上がったりして、意識しまくりって、知られたくなくて慌ててキッチンのほうへ逃げてきた。きっとうなじんとこ熱い。真っ赤になってると思う。
「えっと、ワカメ、もどさねぇと……そんで」
ずっと、なんて言うから。
わかってる。たいした意味はないって。なんとなくで言ったんだろうってわかってるけど。和臣の言った「ずっと」と俺の意識してる「ずっと」は違うんだろうけど。
「ワカメ、俺が戻すよ」
「!」
ずっと、一緒にいられたらって――。
「あとは?」
「……ぁ、えっと、そしたら、ネギを」
「了解」
久しぶりに会って、すぐに欲しかった分だけセックスして、風呂入って、そんで飯を一緒に作る。
「ネギ、ネギと……って、俺買ってない」
「あ、買ってきたんだ。俺がここに来る前」
「サンキュー」
他愛のない会話をしながら、ふたりしてキッチンに並んで。
「来年は浴衣、一緒に買って行こうか」
「……ぇ?」
「なんか、ふたりで合いそうなの選んで。お前は甚平でもいいけど。っつうか、そのほうが色気が半減しそうでいいかもな。あ、でも、俺個人で楽しむには浴衣のほうが……って、おい、剣斗?」
今、来年の話、した? よな? 何? 無意識? 意味はなし? ずっと、とか、来年とか、それって未来のことで、今、この時点でのことじゃねぇってわかってる? すげぇ大前提として、未来も俺らがこうしてるっていう状況があっての「ずっと」だったり、来年の浴衣だったりするって、和臣、なぁ、わかってる?
「な、何?」
「スケベオヤジかよってツッコミくると思って待ってたんだけど」
「ス、スケベオヤジかよっ!」
「まんま言うなよ」
言えっつったから言ったのに。
「ネギ切ったよ? あとは?」
「えっと、あと……して欲しいのは……」
そして、触れ合うキスをする。
「な、何?」
「して欲しいのはって剣斗が言うから、キスかと」
それは言ってねぇよ。ねぇけど、したかった。今、恋しさが倍増したから欲しかった。ずっととか、来年の花火大会とか、そんな未来の話題に胸がくすぐったくて甘く蕩けたから、欲しかった。
「いっ、言ってねぇし!」
「そ? あ、なぁ。剣斗。ごめん」
「?」
「ワカメ……」
そう呟いた和臣の両手が持つボールにはアホみたいに増えたワカメが入っていて、そんで、俺の胸のうちの恋心も、このワカメみたいに、また今日も膨れた。
「んなっ! なんだよっ! これっ!」
「アハハ。戻しすぎたな」
能天気に笑ってる。そして、次、ワカメを戻す時は一つまみくらいでいいって覚えとこうって、未来にすることがまた一つ増えてた。
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