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第59話 さぁ、会いに行こう。
イイ感じ。うん。これ、可愛いかも。パタパタと仰ぐと爽やかな柚子の香りが髪を揺らす。
「キヒヒ」
手作りうちわ。っていうか、この前、電気屋の前でもらったうちわの骨組み使って、百均で買った和紙で作った。香り付けたら、和臣が「おっ」ってなるかなとか思って。柚子の爽やかな柑橘系の香りが仰いだ時にふわりとしたら、暑いだろう花火大会の会場でも気分上がるよな、とかさ。
でも、暑さがハンパなくても人ぎゅうぎゅうでも、気分はきっと上がりっぱなしだけど。
「そろそろ行っとくか」
昨日、和臣のテストが終わった。そんでイチャイチャして、そうめん食って寝て、起きて、和臣がバイトに行くのを見送って、ひとりで和臣の部屋で一日過ごした。今夜の花火大会の準備を鼻歌混じりにしてた。和臣がバイト先のカフェからサンドイッチを持ってきてくれるっつってた。それを持って、ピクニック気分で花火デート。
最高じゃん。
「んー……」
どっちかな。髪。
バリッバリに固めて決めてくか、今のまんまで行くか。鏡の前で自分の顔を見ながら悩んでみる。どっちのほうが和臣的に萌えっかなぁって。打ち上がる花火を見上げながらさ、どっちの髪型のほうが良い感じに思ってくれっかなぁって。
「上げとくか!」
花火だし。気合い入れて。
慣れた手順で俺用のバリバリハードワックスを手に取って、がっつりオールバックにしていく。ワンルームの完全一人暮らし用の部屋だからさ。服はお泊りの度に持ってこないと邪魔になっから置いてない。けど、ワックスと、あと定番だよな。歯ブラシ。それだけはお互いの部屋に陣取ってあんだ。
髪ビシッとして、歯磨いて、手製のうちわを持って。
「……おし」
人生初の花火デート。
「今から、俺、向かっとく……と」
和臣にメッセージを送信して、部屋の中だけどスキップしそうなテンションでビーサンを足に引っ掛けて。
「わっ!」
玄関を開けたら、そこに人が立っていた。いきなり開いた扉にその人は声を上げて、俺はびっくりしすぎて声を上げるのも忘れた。
「あ、あれ? ごめんなさい。間違え……て、あれ?」
誰? この人。
すげぇ綺麗な顔。長めの髪は夏の夜風に綺麗になびくだろうってくらいサラサラで。色白で華奢で。
「やっぱり、間違えてなかった……ここ」
「……」
誰かは知らない。けど――。
「和臣の部屋だ」
けど、すぐにわかった。
「こんばんは」
この人が、和臣の。
「いきなりごめんなさい」
初恋の人だって。
「良い香り。柚子?」
「……」
「僕、和臣君の知り合いなんだ。いきなり連絡もしないで来ちゃったんだけど、ごめんね」
京也さんに似てる。
「帰ってきた挨拶をしようと思ったんだけど」
京也さんが、似てる。この人に、顔の感じ、雰囲気、男なのにすげぇ綺麗なとこ、それと。
「彼、いないんだね」
笑った時に首を傾げるのが、そっくりだ。
「もしかして……今の、彼氏? さん、なのかな?」
今の? は? なんだよ。まるで、今だけみたいな言い方しやがって。まるで、過去も、それと未来も和臣の隣にいるのは俺じゃないってそう言われてるみたいだ。
「僕は……」
「話!」
俺だ。過去はあんたが独り占めしたかもしんねぇけど、今も、それからこれからも独り占めすんのは、俺だ。だって、あんたはあいつを傷つけただろ。
「聞いてます」
「……え?」
でかい、女子みてぇな目をもっと丸くして、そいつが驚いてた。あいつが過去のことを話したことにびっくりしたみたいに。過去のこととして自分の話をされたことに、驚いたみたいに。
「ひどいフリ方したんすよね」
「……」
「しつこい、そう言って、あいつのこと、ふったんすよね」
夢中だったあいつの気持ちも、恋も全部その言葉ひとつで真っ二つに切ったんだ。
「そんなあんたが今更、何の……用……」
「和臣、僕のこと、嫌ってた?」
「……」
「元気に、してるの?」
切って、粉々に割った。
「って、新しい彼氏がいるんなら、元気なんだね」
あいつの初恋をぶっ壊した……奴が、なんで、そんな、泣いて。
「ごっごめんっ!」
その人は思わず溢れた涙を慌てて手の甲で拭った。綺麗な手。俺みたいに作業しまくって力仕事もやるような骨っぽい手じゃなくて、白くて、細くて、けど、女子よりも長い指をした、性別無視の綺麗な手で、雑に、涙を拭う。その涙も透明で、粒にキラキラ光がくっついてる、いや、光の塊みたいで、どれもこれも綺麗な人。そんな人がそんな雑に涙を吹くなんて。
「そっか……信じてくれたんだ」
「ぇ?」
細い肩が震えてた。
「それなら……うん……それでもいいんだ。そう思ってもらって、僕から離れて欲しかったんだし……うん」
なんで、そんな自分に言い聞かせるみたいに。まるで、本当はそんなこと思ってなかったみたいに。
「夢中すぎて、彼が大学も何もかもダメにしてしまいそうで、僕は、あんな酷い言い方をしたんだ」
「……は?」
「大学の講義よりも僕を優先させようとして心配で。僕を一人にするのが心配だからって、ご実家のほうにも全然帰ろうとしなくて」
「……」
言ってた。和臣の地元の奴もそんなことを言ってたけど。
「初恋だったから……彼が未来すら捨ててしまったらって、心配になったんだ」
無我夢中だったって。追いかけて必死で、周りのことなんて無視して、ただその人だけを見てたって。
「彼のこと、本気で好きだったから、このままじゃいけない! って、そう思った」
この人だけを見てたって、言ってた。
「でも、僕も好きな人と離れるのなんて嫌だから、だから!」
「……」
「必死の思いで言ったんだ。別れの言葉をっ」
そう言って、和臣の初恋の人が笑って首を傾げたら、大粒の、たまらなく綺麗な涙が一つ足元に落っこちた。目が自然と追いかけるような綺麗な宝石みたいな涙。
「でも、もう、新しい恋をしてるんだね」
何、なんだ、それ。
「そっか……僕だけ、だったんだ。今も」
やめろ。
「僕は和臣のこと」
「あいつはっ!」
言うな。あんたのことなんてもう和臣は、知らない。覚えてねぇよ。だから、来るな。
「うん。もう、僕のことなんて、きっとどうでもいいよね」
「……」
「あのぬいぐるみも捨てちゃったよね」
「!」
身体がビクッと反応した。持ってねぇよ、そんなの見たこともないって言って追い返したいのに。
「え? もしかして、持っててくれて、る?」
その言葉に身体は自然と身構えた。
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