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第60話 お化け屋敷

「し、知らない」  必死になって首を横に振った。 「持っててくれてるのかな」 「だからっ! 知らねぇっつってんだろっ!」  俺の強い口調に今度は、向こうがビクッとした。そりゃ、そうか。こんな綺麗な人は、俺みたいなヤンキーなんて周りにいないだろ。怖いよな。脅されそうって思った? けど、怖がってんのは。 「見たこと、ある? あの、掌サイズの、クマの」 「知らねぇよっ!」  俺だ。怖くて仕方ないのは、ビビってるのは、俺。 「……あの」  早く、帰ってくれ。あんたなんて、もう、ここにはいなくていいんだから。俺はこの後、手製のうちわをあいつに自慢して、それ持って、ピクニック気分で花火を見るんだ。もうあんたなんて。 「君と和臣の邪魔しない」  あんたなんて、ここに居場所ねぇよ。 「ごめんね。急に押しかけて。ホント、身勝手だよね」  あぁ身勝手だ。だから、もうここに入ってこようとすんじゃねぇよ。頼むから。 「和臣に宜しくって、伝えてください」  その時、風が吹いて、日中の暑さを連れ去ってくれる。それと同時に俺は一歩下がって身構えた。  頼むから、早く出ていってくれ。 「会いたかったけど……ごめんね。邪魔して」  邪魔にすらなってねぇよ。あんたのことなんて、完全思い出の棚にしっかりしまってあるんだから。  待ち合わせてる駅のホームはすでに大勢の花火見物の奴らで満員だった。下駄のカランコロンなんて音を風流だと聞いてる暇もないほど。地元の駅前でする花火大会とは桁が違ってる。人の多さもハンパじゃない。  あの人が来なければ、俺はきっとこの混雑にすらはしゃいでた。すげぇ、人ばっか、ってワクワクしながら和臣と待ち合わせてる場所まで歩いていくことができた。 「和臣! 和臣っ!」  でも、俺は電車がホームについてドアが開くと同時に飛び出して、人の隙間をすり抜けながら駆け足で和臣のところまで向かって、必死に名前を呼んでた。 「お前の金髪、目立っていいな。あれ? 服、それにしたんだ」 「え? あ、あぁ」 「一番お気に入りのオレンジ色のTシャツで来ると思ったから、その色で探してた」 「あー、うん。やっぱやめた」 「ふーん。よし、行くか」  そう言った和臣の笑顔に。 「剣斗?」  心底ホッとしながら。 「剣斗? どうかした?」 「っ! わ、わりぃ」  無意識に和臣のシャツの裾を握った俺はその手を慌てて引っ込める。バカ、ここ外だろうが。しかもこんなに大勢がいる中で。けど、気持ちが手に現れてた。和臣をどこにもやりたくなくて、手が勝手に掴んでたんだ。さらわれないように。 「す、すげぇ、人。駅のホームのびっしりだった。地元のと全然違うよなぁ」  だって、あの人、和臣のことまだ好きなんだってよ。お前のためを思ってあんな酷い言葉を言ったんだって。けど、やっぱり好きで会いに来たんだ。 「こ、こんなに人が多いんじゃさ、はぐれそうだから、手でも、繋いどく? なんちゃって」  お前とよりを戻したいんだと、思う。お前のこと――。 「行こう。花火もう始まる」 「!」  グンって手を引かれた。大好きな和臣のあったかい手が俺のことを掴んでくれた。俺はその手を無意識のうちにぎゅっと掴み返してた。  お前のことを連れ去りに来たあの人が怖くて、怖くて、仕方がないから、手を繋いで、ここに和臣がいることを確かめてる。それはまるでお化け屋敷の中を歩いているみたいだった。  花火なんてこれっぽっちも観てられなかった。周りが気になって、俺は空を見上げる暇なんてなかったんだ。もしも、あの人が和臣を探しに来たらって思っただけで、じっとしてるのも恐ろしかった。 「あっ、はぁっ……ん、和臣っ」 「剣斗っ」  だから、最後の大連打が終わったすぐ、余韻もクソもなく、急いで帰ろうって手を引っ張って、うちに来いよっておねだりした。 「あっあっ、そこ、好きっ」  お泊りセットを持ってない外デートの後とかだと、大体和臣の部屋に行く。俺の服じゃ和臣には少し小さいからさ。 「ん、あぁっ!」  けど、今夜はうちがいいってワガママ言った。お願いって頼んだら、和臣は笑って、まぁ夏だし服着てなくてもいいけど、襲われそうって笑ってくれた。  ごめん。けど、和臣を部屋に帰したくない。 「あっ、奥、気持ちイイっ」  だって、あの人がまた来るかもしんねぇ。 「剣斗」 「あ、あっ、あン」  俺のだ。今、和臣は俺の彼氏だ。あんたは昔の人で、今はもう思い出になってる。だから、もう、出てくんな。 「剣斗」  自分で膝の裏を持って、股を大胆に開くあられもない格好をして、奥まで和臣を誘う。 「ン、好き、和臣」  和臣は俺のだ。 「キス、欲し……ンっ、んん」  ずっぷし突き刺さる和臣をぎゅっと抱きしめて、その首に腕絡めてしがみついて、キスで舌も繋げて、そんで離れないように、身体の一番奥で締め付ける。 「剣斗?」 「あ、あぁっ、も、イく」 「……」  なんで、あんなに綺麗な人なんだよ。 「和臣も、イく? 一緒に、イきた、ぁっ……あ、も、我慢できなっ」  俺なんか到底敵わない、すげぇ綺麗な人だった。そんで可愛かった。細くてさ、抱きしめたら折れそうでさ。甘い香りがしたんだ。夏の熱を残した夜風に揺れる髪と一緒に、甘くて良い香りがした。香水の匂い。少し重くて、鼻先に記憶と一緒に残りそうなあの匂いが、身体についたら、嫌だから、着替えたんだ。和臣にかがれたくなかった。思い出させたくなかった。匂いは、記憶と直結してるから。 「あ、あっ、和臣、中で、イって」 「剣斗?」 「お願い。俺の中、で」  生まれて初めてだ。 「なぁ、和臣、ン、ね、お願い」 「……」 「今夜、俺のこと、めちゃくちゃにして」  こんなに、こえぇって思ったのは。 「お願いっ、あ、あっ……ぁ、ああああっ」  生まれて、初めて、胸が苦しくて、涙が出た。

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