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第69話 勇気

「え? 二人は付き合ってないのか?」  神田が思いっきり目を見開くから、こっちが逆にびっくりした。 「うん。付き合ってないよ」  コマメさんの返事にもポカンと口を開けて、一見するとクールなイケメンって感じの印象が台無しだった。 「そうなのか……」  女子会向けアットホームなカフェ特集で見つけた素敵カフェで、ちょっとしたオフ会の真っ最中だった。オフ会っていっても、参加者三名、俺と、コマメさんと、あと神パッチワーククリエイター神田。だから、ちょっとしたオフ会。コマメさんが神田に会いたいって相談してきた。展示はまだ少し先で今なら作業も落ち着いてるし、大学生は夏休みだから、どうかなって。  俺的にはさ、俺としては、もしかしたら、コマメさんって、神田のことを……なんて思ったりもして。でも、それを和臣に言ったら、そんなことより自分の心配しろだって。お前は門限厳守って心配性な親父かよ、だった。そんなわけねぇじゃん。俺には和臣がいるんだから。そんな心配は無用だし、どんだけ、俺にベタ惚れなんだって笑ってやった。笑ってんのに、真剣な顔で「ベタ惚れしまくってる」なんて答えるから、今度は嬉しくなって、キスをした。 「だって、剣斗君、付き合ってる人いるから」 「えっ! そうなのか?」  二度目のびっくりはもっとでかかった。静かなお洒落女子会向けカフェには似つかわしくない男子の仰天声が、店内に響き渡る。 「あー、まぁ」  答えが曖昧になったのは、コマメさんとその話しをした時は「彼女」って言ったから。なんか、さ。 「あ、あの、さ……付き合ってる人、いるんだけど、彼女じゃないんだ」 「え?」  神田の少し怪訝な顔に指先がぎゅっと力を込めた。握りこぶしを膝の上に置いて、ひとつ、息を整える。  今度はちゃんと言いたいんだ。あの時、女の趣味じゃんって言われて、俺は何も言えなかった。あの時、うっせぇな、好きなことをとやかく言われる覚えはねぇよって、そう言えていたら、俺はその後、あんなに引きずらずに済んだと思う。変な偏見、凝り固まった考え方なんて、頭突きでぶっ倒して前に進みたい。 「俺が付き合ってるの、同性なんだ」 「……」 「だから、彼女じゃなくて、彼氏」  前に進めるだけの力を俺は、和臣から、たくさんの人から、もうもらってる。 「品川それって……」 「私、知ってたよ?」 「「えぇっ?」」  俺と神田の二人分の仰天声には店員が振り向くほどだった。でも、けど、驚くじゃん。だって、可愛いしろくまラテアートをしてもらったコップを両手にもったコマメさんが、ニコッと笑顔で小さな肩を竦めてそんなことを言ったら。 「展示の時に一緒に来てた人が彼氏さんでしょ?」 「えええっ? あの時の?」 「あれ? 違った?」 「……いや、そう、です、けど」  予想があってたとコマメさんが嬉しそうに笑った。 「あー……神田はびっくりしたよな。ごめん。言えずで」  あの展示以来何かとやり取りはしてたけど、その話しにはあまり触れなかったんだ。やっぱ、同じ男だと、女子が思うのとは違う部分もあるだろうから。理解できないかもしれないし、自分も同性だけどって、変に距離をおかれるかもしんねぇと不安というか、考えて、自分からは言い出せなかった。けど、隠したくはなくてさ。 「あ、でも、別に神田のことは友達って思ってるから、別にそういう対象とか思ってねぇし。だから、この後も、今までどおりにしてもらえたら……嬉しいかなって」 「……」 「イヤだったら、あれなんだけど」 「いや」 「……」 「ああああっ! いや! あ、いや、あの、そういうイヤじゃなくて、イヤじゃないという意味での、いや、なんだ」  慌てて弁解する神田は神クリエイターじゃなくて、クールなイケメンでもなくて、なんか、ただの親近感を持てる同級生だった。それぞれちょっとずつ違うかもしんねぇけど、何かに悩んで迷って、でも、頑張っていこうと踏ん張ってる。 「すまない。少し驚いたけど、いや……かなり驚いたけど、でも、イヤだとかは思わない」 「神田……」 「手芸は女性の趣味じゃない、っていうのと同じだ。うん……同じ。恋愛は男女間だけのもの、じゃない」  その言葉を自分で自分に言っているみたいに、噛み締めて、何度か頷いていた。そして、小さく溜め息をつく。ダルいとかの溜め息じゃなくて、安堵から零れたもの。自分がまた昔言ってしまった偏見の言葉を言わなかったことへの嬉しさと、友達を傷つけなかったことへの、ホッとした気持ちから零れた溜め息。 「それにしても、どうして、品川とあの時の彼が付き合ってるってわかったんです?」 「あ、うん。俺もどうしてって思った」  そんな俺らのやり取りを頬杖をつきながらにこやかに眺めていたコマメさんは、いきなり自分へ向けられた会話の矛先に目を丸くした。 「え、だって、彼女いるって言ってたんだよ? 普通は展示に連れてくるとしたら、その彼女じゃない? だから」 「……ぁ」  そっか。そういわれてみたら、そうかもしれない。普通は、うん、あの場面で一緒に展示を見てるのは彼女だよな。 「でもそれだけじゃないよ」 「ぇ?」 「普通に、デートだったもん」 「……」  デート、っぽかったかな。好き同士に、見えたかな。 「楽しいデートに見えたから」  うん。すげぇ、楽しかった。あの場所に、自分と同じものを好きな人がいっぱいて、皆が目を輝かせてて、最高の空間だと思った。誰も男の俺がそこを歩くことに怪訝な顔も、不思議な顔もしなかったんだ。  嬉しかった。  勇気を、もらえた気がした。

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