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第70話 木漏れ日溢れる、君との

 パッチワークってさ、すごいなぁって思うんだ。自由でいいんだぜ? 好きな模様にしていいんだ。小さな布を四枚、正方形に切って、縫い合わせたら、もうそれだけでも充分パッチワークで。ぬいぐるみを作ることもできるし、カバーにだってなる。小さな切れ端が繋がって、くっついて、無限に形を変えられる。いくらでも大きく広がっていく。  考えただけでワクワクするよな。 「オフ会、どうだった?」 「楽しかったぜ。あ、ちょ、待って」 「そっか。よかったな。どうしたー? 平気か?」 「だいじょーぶ! カフェ、すげぇイイ感じだった」 「そっか。じゃあ、今度ふたりで行こうか」 「うん。行きてぇ」  オフ会後、大急ぎで待ち合わせの場所へ移動。これから毎日使う新しい駅で待ち合わせた。俺と和臣のふたりが新たに歩く道は、夏の日差しが街路樹の葉の隙間から零れ落ちて眩しく輝いてる。 「あ、あと、俺らが付き合ってるの、コマメさんにバレてた。そんで、その流れで、神田にもバレた」 「は? え? 知って? って、え? え、いつ?」 「ちょおおおお! ちゃんと持てって! 落とす!」  慌てて体勢を立て直してギリギリセーフ。買ったばっかで落っことしたらちょっとテンション下がるじゃん。せっかく買ったのに。  今日、新しいベッド用にってマットレスを買いに駅前徒歩十分のとこにある大型家具店で新居グッズ選びデート。  ちょっと奮発して買ったマットレスは丈夫ででかいものをって、じっくり時間かけて選んだんだ。でも、奮発したせいで、ちょっおおと標準よりもはみ出すサイズで超過料金のかかるって言われた送料を渋っちまった。 「ちゃんと前見ろよ! 和臣っ」 「はいはい」  その結果、輝かしい歩道をマット持参で歩いてる。これ、明日は筋肉痛だったりして。しかもすげぇ目立ってんだけど。マットレスを引っ越し屋でもない大学生の男ふたりで歩いて運ぶって、そりゃ目立つよな。 「でも、まぁ、これでコマメさんは心配無用になるかな。怪しかったんだよ。剣斗に向ける笑顔がさ。神田も、あれか……真面目そうだから、横恋慕とか、けしからんとか言いそうだもんな。うん。いいかも」 「和臣? なんか、言った? こっからじゃ全然聞こえねぇ」 「なーんでもない」  前を和臣、俺が後ろ。マットレスを前後で持ちながら、テクテク、テクテク、のんびり歩いてる。 「あ、そうだ。そろそろ、地元に帰る時のお土産も買わないとだなぁ」  俺は初めて実家へ「帰省」する。大学でしっかり勉強してるから。テストも、まぁ、いいんじゃね? 鈴木のなんて、案外出来たほうだった。勉強して、バイトして、友達と遊んで、彼氏とは。 「あ、俺、もう考えた」  仲良しで。 「え? 何? お菓子?」 「んーん。俺はお袋にはエプロン、オヤジには弁当入れ。自分で作ったやつ」  勇気をもらえたから。好きなことを好きだと言える勇気を、展示会場で会った人たちから、マスターから、京也さんから、仰木から、コマメさん、神田から、ちゃんともらったから。人生初、手芸作品を親にプレゼントしようと思うんだ。自分のバイト代で買った材料で。  喜んでもらえるといいんだけど。  一度だって見せたことはないからびっくりするだろうな。親父、ビビっかな。お袋は、引くかな。でも、そうじゃなくて、笑ってくれるといいな。笑顔で受け取ってくれたらいいな。 「それ、最高じゃん! 絶対に喜ぶよ」  喜んでくれると。 「剣斗の作る手芸作品、最高に可愛いし、あと、丈夫で、使い勝手いいし。俺、好きだよ」  いいなぁって思った。 「絶対に嬉しいよ」 「……ありがと」 「はいー? 何? なんか言った?」  俺に一番でかい勇気をくれた人。前に引っ張って、ぐんぐん行って、皆から勇気をもらいにいけるだけの力をくれた人。 「なんでもねぇよ! っつうか! これ! 重い!」 「あははは。送料ケチったのは剣斗じゃん」 「だって、新居は色々物入りだろうがっ!」 「倹約家ぁ。生涯ついてくわぁ」 「バカ! アホなこと」 「アホじゃないよ……」  俺にたくさんのことを教えてくれた人。 「……本気だよ」  俺の、大好きな人。 「にしても、あっついなぁ」  そう言って、空を見上げたその人の背中を風が通り抜けて、アッシュブラウンの髪が揺れた。 「帰ったら、アイス食おう。ほら、この前、買ってきたやつ」  夜中に涼みながら散歩デートをして買った六本入りの甘い甘いバニラアイスがまだ二本残ってたっけ。あの時、節約兼ねて買ったそれが溶けてダメにならないようにって、散歩デートのはずが急いで帰って、本末転倒だって笑ったことも。それでもやっぱり溶けかかったバニラアイスを食いながらした、蕩けそうなほど甘いキスも。一緒に選んだ新居に入った瞬間の真新しい香りも。家具一つない部屋でやたらと響く自分たちの声が楽しくて、名前を呼び合ったことも。 「あ、でも、一本しか残ってない」 「えええ! なんでだよ!」 「一緒に食べよっか」 「いや、なんで、ねぇんだよ! 俺が見た時は二本」 「剣斗と一緒に食べたい」 「あ、あ、あ、甘えた顔すんじゃねぇ! 前見ろや!」  あっつい中、送料ケチって、一緒に特大で俺らがイチャイチャしまくっても大丈夫そうな頑丈マットレスを運んだ、この木漏れ日溢れる歩道と、前を歩く和臣の背中も、全部――。 「あははは」  笑い声も全部、小さな思い出の欠片になって繋がって、でかい、すげぇでかい、色鮮やかで楽しいパッチワークみたいに一つの「恋」になっていく。 「剣斗は可愛いなぁ」 「可愛くねぇっ!」  見上げると、真っ青な空に、真っ白な入道雲が見事で綺麗だった。

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