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浴衣の君編 3 神クリエは厨二病
さて、ここで問題です。
花火大会といえば! 一体なんでしょう。
答えは、浴衣。
浴衣だろ。花火大会っつったら、浴衣デートだろ! カランコロンっつって、下駄慣らしながら、夜空を見上げていい感じの雰囲気で、しかも浴衣。普通のTシャツハーパンでも花火見て「わー、綺麗」「お前のほうが綺麗だ」「え?」っていうラブラブな会話はできるけど、今回は花火大会二回目なんだよ。しかも初回は大失敗。ラスボスのせいで、ラブラブな会話なんてしてる暇なし。余裕なし。
二回目の花火大会、丸一年になろうとしてる同棲生活。
もう、ここだろ。出すならここだろうが。浴衣で、しっとり大人の雰囲気と色気を! って、思ったんだけどさ。浴衣のちょうどいい感じのがねぇんだ。できたら、和臣とさ、ペアルックは痛すぎるから、ペアじゃねぇけど、あいつが紺で俺が白とかさ、二人並んでかっけぇのが欲しいなぁって思った。
けど、いいのは、高い。
世の常だ。いいなぁって思ったのは大概五万近くて無理。しかも二人分となればさ、慎ましやかに暮してる俺らには完全に無理。
「浴衣か……剣斗はまたすごいことを思いつくな」
神パッチワーク作品を作る、クソ真面目な神田が「ふむ……」と呟いて、腕を組んだ。ふむ、なんて言う奴いるんだな。漫画の中の奴しか言わないと思ってたのに。
「できねぇかなぁって思っててさぁ」
浴衣、作れないかな。ダサい浴衣なんてごめんだろ。かといって、何万もするものは買えない。なら、作ればいいじゃん、っていう発想。
俺はまだパッチワーク始めたばっかだし、手芸関係において、神田のほうが数歩どころかすげぇ前を歩いてるトップクリエイターだから、ちょっとだけ話してみた。そしてもうひとり。
「できるよー。絶対にできる」
「コマメさん!」
「愛は勝つ! 作り方とか知らないけどさ!」
「コマメさーん!」
コマメさんがノリノリで応援「だけ」してくれた。
もう定期開催化してきたオフ会も何度目だっけ? 毎回この女子力溢れるカフェでお茶を楽しむ男ふたり女ひとりの少女漫画的シチュエーション。
「いや、きっといけるぞ。剣斗。ネットで調べたところ生地の型も載ってた」
ただ、このオフ会に恋愛へと発展しそうな気配が壊滅的にない。
「だろ? そうなんだよ! あとは」
「すごーい、さすが神クリエ! そうね! あとは」
そこで神田がニヤリと笑った。
「生地にこだわりたいんだろ? 白い神って言われてるパックワーククリエだぞ? 生地選びならいい知り合いがいる」
どこかしら厨二感漂う神田の物言いに引くこともツッコミを入れることもなく、コマメさんが可愛くガッツポーズをした。そしてそのガッツポーズにまたニヒルに笑う神田。
すごくねぇ? こんなにいい感じなのにさ。本当に全く恋愛に発展しないっつうのが。俺は、ほら、和臣がいるからありえないけど、でもこの二人に関してはありえるだろ。男女だぞ。年頃の。それが定期的にお茶会してるっつうのによ。
「やったじゃん! 剣斗君」
「うん」
「任せておけ」
そしてやっぱりどこか厨二感が滲み出る真面目神田が白い歯を覗かせて笑っていた。
いい感じの生地が見つかったんだ。
俺のはグレーにブルーグレーの幾何学模様。和臣のは濃紺ですげぇでかい花の模様。男性でも大丈夫なくらい花のような葉っぱのような、羽のような大ぶりの模様がカッコよかったんだ。
きっと和臣にすげぇ似合うと思う。
そんで、帯だけ残念だけど市販のになった。さすがに浴衣を固定できるだけの布を俺が手作りするのは時間的にも難しくてさ
けど、充分いい感じじゃね?
これで普通に買っても安かったのに、神田のツテってことで二割引にもしてもらっちゃって、予算大幅削減だ。あとは、これを和臣に見つからないように――。
「ただいまぁ」
「うわああああっ」
寝室のベッドの下。ほら、よく男子高校生がエロビを隠しておくような場所にズザザーッと押し込むように製作中の浴衣をしまい込む。
「……何、真っ赤な顔して」
そして、よく漫画でも見かけるシーンみたいに、隠したと同時に寝室へとやってくる和臣。
「へ? あ、あー、えっと、あ、暑かったからさぁ」
「あぁたしかに今日は暑かったなぁ。ぁ、今日だったよな。神田と、あとコマメさんとのオフ会」
「あーうん」
やべ。スマホ画面開いたまんまだった。浴衣の作り方。
「またいつものカフェ?」
「う、うん」
言いながら見つからないようにそっとスマホをズボンのケツポケットに突っ込む。和臣は気が付かないまま、オフ会やるのならうちのカフェでやればいいのに、なんて言ってた。
そしたら少しくらいサービスしてやるっていうけどさ、やなんだ。迷惑かけるのも。それに。
「や?」
「う、ん。だって、和臣目当てでくる客とかいたら、俺ぜってぇ、イラつくもん」
「いないって」
「いるって」
和臣が知らないだけだよ。自分はゲイだからその好意を向けられても、お断りするだけだっていうんだ。
「あっても、俺ゲイだぞ? だから、っ」
ほらな。すぐそう言う。けど、そういう問題じゃねぇんだよ。
ちっともわかってねぇって言っても、俺の言いたい心配は認めてもらえないから埒が明かなくて、仕方がないとキスで中断させてみた。
「ヤ、なんだよ。とにかく」
「……剣斗」
ふいっと目を逸らしたけれど、それは次のキスで元に戻された。
「んっ……」
舌が差し込まれて、言葉を遮るための衝突キスじゃなくて、柔らかくほぐされるセックスの前準備さながらの甘いキスに、お腹の底んとこが痺れる。
「ン、んっ」
「剣斗」
「あっ……ふ」
息継ぎに離れた唇がまた重なって、舌が絡まり合って、口の中が濡れていく。
「ン、和臣っ」
これ、セックスに発展する系?
「あ、ンっ、らめっ、乳首、昨日も、ン」
「剣斗が可愛いのがいけない」
「ン、ぁっひゃああっン」
きっとそうだ。セックスになる系のキスにハグに、それと愛撫。
「ダメ?」
ダメなわけねぇじゃん。お風呂も先に入っちゃってあるし、歯も磨いてあるから全然オッケーだっつうの。むしろ――。
「ン、したいっ」
俺こそ大歓迎、そう自分から脱ごうとした時だった。
ブブブブ
「んひゃあああああ!」
二人の熱烈ハグを邪魔するには充分すぎる振動が俺のケツポケットを揺さ振る。
「わ、わりっ。ビビった」
セックススイッチがオンになったと同時の振動に過敏に反応して、その犯人は誰だとスマホの画面を見た。
「あ、ごめん。ちょっと電話」
そこには神田の名前があって、きっと浴衣のことだって、俺は慌ててその電話を取った。
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