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浴衣の君編 4 なんだかすれ違ってるっぽくないですか?

 浴衣の製作、嵌るかもしんねぇ。裁断された生地を一直線に繋ぎ合わせていくわけだけど、なんか、真っ直ぐな縫い目の心地よさっつうかさ。パッチワークの進化系って感じがしたんだ。作りながら鼻歌が零れちゃうような、そんな図画工作に近い楽しさ。 「あ!」  その楽しさがまた創作のアイデアを生み出すっつうかさ。今だって、これ、ミニチュアにしてアレンジしたら、なんかエコバックとかできそうじゃね? それとかワインとかのボトルカバーだって作れそう。あとあと、紅茶を蒸らす時のに覆っておくやつ。名前知んねぇけど。使ったことねぇけど。 「ご機嫌だな」 「うん。まぁねぇ」  キッチンで晩飯を作ってた途中で思いついた新しいアイデアに自然と顔が綻ぶ。  浴衣のほうだって超順調。初心者にはきついかもだけど、パッチワークを去年から始めておいてよかった。あんまり戸惑うことなく作れてる、と思う。でも、やっぱり仕立ては始めてだから、神クリエの神田に訊きながらになっちゃうけどさ。 「明日もオフ会?」 「あー、うん。ちょっとだけ……なんだ、けどな」  ちなみに和臣にはまだ内緒にしてる。 「……そっか」 「うん。あ、えっと、行ってきても平気じゃなかったりすんのか? 何か用とか」  内緒、秘密、そういう隠し事をしてるとごまかすためなのか、妙にお伺いモードになっちまう。 「いや……とくにはないけど」  早く見せたいって、ウズウズしてる。もう俺のはできたんだ。先に自分のを作った。そのほうが二着目、和臣のを作る時にはもう少し手馴れてるだろ? そしたら、もっとカッコいい着物ができそうじゃん。今、和臣のがあとちょっとで終わるとこ。明後日だけどさ、花火大会、それまでには絶対に間に合わせるから。 「あ、あの、和臣、花火大会ってさ」  早く和臣に着て欲しい。 「一緒に、行ける、よな?」  絶対に、絶対にカッコいいから。俺のも似合ってるといいんだけど。少しくらい大人の色気があるといいなぁって思うんだけど。そしたら、少しくらいさ、俺がいつもメロメロにさせられちゃうみたいに、和臣を俺に夢中にさせられるかもしんねぇし。そんで、付き合って一年経った感じの、シックなデートを。 「俺と、行くの?」 「へ?」  質問に質問が返って来て、顔をあげるとそこに真剣な顔をした和臣がいた。何? なんで、そんな変なこと訊くんだよ。俺と行くの? って、他の誰と俺は行く予定になってんだ? そんなの誰もいねぇだろ。 「え? なんで」  ブブブブブ 「……剣斗、電話」 「あ、わりっ」  神田からだった。 「わり。電話」 「……あぁ」 「もしもし?」  遮られた会話が気になりながらも、こっちはこっちで絶対に今やってる浴衣のことだろうからって、電話を優先させた。 『すまん。神田だ』 「っぷ、わかってるっつうの。何? なんか」 『実は……』  クソ真面目な学級委員長みたいな神田とは明日、浴衣指導ってことで会う。お披露目の花火大会直前、神クリエの神田に最終チェックをしてもらうんだ。コマメさんは浴衣製作にはそんなに興味がないのか、オフ会以外の時は現れなくてさ。 「マジで? うん! 行く!」  びっくりした。 「ちょ、ごめん! 和臣! 俺、ちょっと、外出てくる!」  ――今、コマメさんと一緒に、剣斗のうちの近くに来てるんだが。 「行ってきます!」  ――もしもし? コマメです。あの、プレゼントしたいものがあるんだけどさ。出てこれますか? 下駄、帯紐のとこだけなんだけど、作ってみたんだぁ。下駄の板はさすがに加工できないから買っちゃったんだけどさ。  きっと気に入ると思うのって言ってた。  本当に付き合ってねぇのかよ。すげぇ仲良しにしか思えないんだけど。ふたりして嬉しそうに、俺の花火大会オリジナル浴衣作戦に付き合ってくれてさ、感動しそうなんだけど。 「おーい! ごめんねぇ。急に。明日から私、お盆休みで帰省なの。でも、その前にいいいっ! てがんばって作ってたのがついさっき完成してさ」 「コマメさん!」 「これ! 作ったの! 見てみて!」  そう言って、弾んだ声のコマメさんが紙袋から出した下駄。 「……うわ、すげ」  まじ、すげぇ。 「生地は神クリエの神田君に頼んで切れ端もらってきたの。そんで、こっちが剣斗君ので、こっちが……和臣さんの」  逆、なんだ。うわ……めっちゃ嬉しい。 「剣斗君の浴衣の生地で和臣さんの下駄尾。和臣さんの浴衣の生地で……ね? 内緒のペアルック。いいでしょ?」 「……」 「やだぁ。感動して泣いちゃった?」 「なっ泣いてなんか!」  ウソ。ちょっとだけ泣いた。 「……ありがと」 「どういたしまして。最高の花火大会になるといいね」  きっとなる。絶対になる。これでならなかったら、ウソだろ。そう言いたかったけど、感動しちゃって言葉が詰まって、大きくしっかり頷くだけしかできなかった。 「なぁ、これ、縫い目、大丈夫かな。破けたりしねぇ?」 「どれ? ……あぁ、大丈夫だ。しっかり縫えてる」 「やった」  もう常連すぎて顔を出しただけでニコリに微笑まれるようになったいつものオフ会カフェ。そこの一番隅っこで、浴衣製作の指導をしてもらってた。他にできるところがなくてさ。家っつっても和臣いるし、俺も他所の男の部屋に上がりこもうとは思わないし。公園も暑いからさ。カラオケとも思ったんだけど、ちと高いんだ。慎ましやかに二人暮しをしている大学生はそう頻繁に通えない。  ここならコーヒー一杯で平日長居できるから。手土産にってクッキーとか買って帰るし、隅っこだし。 「楽しそうだな」 「そりゃ! だって、あんなすげぇもんもらったんだぜ?」 「あぁ、あれはすごかった」  コマメさんからのオリジナル下駄。しかもこっそりペアルックっていう、萌えが詰め込まれてる。 「えへへ。めっちゃ嬉しかったぁ」  ずっとひとりで続けてた手芸がさ、今、こうして自分以外の人の手を借りてすげぇものになるって、そんなの嬉しいだろ。 「よかったな」  一度、女の趣味だって笑ったことを今でも悔やんでいる神田も、自分のことみたいに嬉しそうに笑ってくれた。そして、俺の頭に手を。  俺の頭に手を乗っけることはできなかった。 「やっぱ、無理だ」  突然、聞こえた、好きな人の声。 「へ? 和臣?」 「剣斗」  俺へと伸ばされた神田の手は、和臣によって遮られて、俺の頭まで、届かなかった。

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