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浴衣の君編 5 解ける
きょとん……だった。
いつものカフェでおおっぴらには広げられないけど、こっそりと浴衣を出して、縫い目の相談とかしてたんだ。だって、もう花火大会は明後日だからさ。当日、意気揚々と出かけた先で、ビリッ! なんて破けたら悲しいだろ? だから、今日、その最終確認を。
「ダメなところがあるなら、話してくれ」
神クリエの神田に。
「俺は、剣斗、お前と別れる気」
してもらおうと思ってたんだ。
「ねぇから」
「……」
「剣斗のこと諦めるつもり、ね」
「えええええええええ!」
お洒落な女子会向けのカフェにこだまする、今年二十歳、見た目ヤンキーな俺の絶叫におしゃべりに夢中だった女子全員が振り返る。そして、その振り返った先には、たった今叫んだヤンキーと、そのヤンキーへ手を伸ばす短髪クール系男子。そんで、その手を遮っている、走ってきました感が満載の息を切らした王道イケメン。見た目バラバラ、でも、なんとなく修羅場ってそうな見事な三角形が成り立ってて。
いよいよ、このカフェを出禁にされるんじゃないかと、思った。
「なんで、頭良いのに、そこだけバカなんだよっ」
「んなっ! お前がコソコソしてるからだろうが!」
出禁にはならなかったけど、しばらくは行くのを控えたほうがいいんじゃないかとは思った。でも、そんなの生真面目神田は「恥ずかしいことなんてひとつもしてないだろう。胸を張れ」と変に昔の神田が俺へ向けて放った言葉を気にかけてた。ホント、クソ真面目だ。
カフェで神田とは別れて、ふたりで散歩しながら帰る道の途中、ガサガサと浴衣の入った紙袋が音を立てて、和臣の勘違いに、俺らの慌てっぷりに笑ってるみたいだった。
「それは……だって」
「やたらと増えたオフ会、コソコソ何かを隠してる素振り、それにお前がスマホで何かをしてる時、話かけただけですごい慌ててだろ」
「あれは!」
スマホで浴衣の作り方をチェックしてたから。そんな画面見られたら、一発でバレちゃうじゃんか。せっかくサプライズにしようと思ってたのに。今となっては、サプライズするどころか、俺がサプライズをされたっていうか、めちゃくちゃ驚かされた。
「……それに」
「?」
言いよどんだ和臣を見上げると、赤くなってた。
「和臣?」
「それっ、その、俺、年上の割には、がっつきすぎだったかなと」
「……へ? がっつき?」
「あぁ……あー……」
赤くなって、言いにくそうに口元を手で隠し、ごにょごにょと。
「いや、だからっ、毎晩っつうか」
「?」
「ホント、盲目っつうか、だから、それで前はダメになったんだろうし、けど、止められないっつうか、剣斗が可愛すぎて、手が出るっつうか」
「!」
そこでようやく何を言いたいのかがわかった。
「バッ!」
「……だから、年上なのに余裕ねぇなって呆れられたかと」
つまり、そういうことだ。エ、エッチなことをする、回数っていうか、頻度っていうか。
「あ、あああ、呆れるわけ、ねぇじゃん! そんなん、俺のほうがよっぽど思ってたっつうの」
「剣斗?」
今度はこっちが赤面する番らしい。
「つ、付き合って、一年になんだろ。なのに、ちっとも余裕ねぇもん」
もっとお互いを尊重して、フワリと微笑み合って、それぞれの時間を空間を楽しみながら大人の距離感で静かに、みたいな感じを想像してたのに。いまだに見つめられたら心臓バクバクだ。ほら、いまだってそう。
「もう一年経つのによ」
「……」
「偶然、聞いちゃった会話でさ」
彼氏が年下なんだって。そんで初恋なんだと。それが可愛くてツボだったんだけど、長く付き合ってると疲れるって、女子高生が言ってたんだ。モロ、俺がそうだろ。
「だからっ」
「それでか」
「へ?」
「なんか、すげぇ顔して素っ気ない答えが返ってくることが多々あったから」
「たっ! たたた、たっ」
こーんな顔してってやって見せてくれた。不機嫌、とはまた違う感じ。例えるなら、生のゴーヤを種ごと丸齧りしてます! みたいな顔。なんとも言えない苦い顔。俺、そんな顔してたのか? なんか、きらいそうっつうか、イヤそうっつうか、とにかく好きな奴に向けていい顔じゃねぇ。
「あぁ、また失敗したって思った」
「! そんなこと」
慌てて否定した。その「失敗」はきっと和臣にとってすげぇ悲しい記憶に直結する失敗だ。ずっと抱えてた痛いとこに触れちまう。だから、慌ててそうじゃないって、そんなつもりないし、そんなことしないって――。
「けど、今回は捕まえに行ったな、俺」
そんなことしないって、言おうと思った頬に和臣の手が触れる。
俺にとっては何より大好きな、そんで、いっぱい頑張った時のだけもらえるご褒美の手。
「和臣」
「剣斗のことは諦めるつもりないから」
「っ」
その手が愛しそうに俺の頬を撫でてくれてさ。
「やっぱ、無理っ」
「剣斗?」
「やっぱ、余裕とかねぇよ! 全っ然! すげぇ、好きっ」
こうして撫でられただけで舞い上がれるくらい、本当に、いまだ色々熱々のまんまだ。
ヤバイ。これは、マジで、ヤバイ。
「かっ……っけぇ……」
何これ、めちゃくちゃカッコいいんだけど。これ、俺の彼氏なんだけど。浴衣和臣マジで危ない。全身モザイクで歩いて欲しい。本気で。
「剣斗、すごい似合ってるな」
「マッ、マジかっ?」
「あぁ」
白地にしたんだ。そのほうがなんか和臣のとツーショットが最高かなぁって思って。
「な、な、これ、すごくね? 下駄!」
「あ、すごいな」
「これ、コマメさんが作ってくれたんだ! あ、ちょっと待って。和臣、待ってて」
二人でぎゅっとくっ付いて、浴衣も見えるように気をつけながら、二人分くっつけて下駄を写真に収める。
「えへへ。ありがと。これ、ツイッターのグループに上げよ。コマメさんにありがとって。今実家に帰省中なんだって。そんで、次は、和臣、顔! ……イエーイ」
今度は二人の顔面をくっつけてパシャリ。これも浴衣を見せつけつつ。
「なんかさぁ、あのふたり。神田とコマメさん、くっつかねぇのかなぁ」
「そんな感じなんだ?」
「わかんねぇけど。仲良いからさ。あ、ちょ、待って、今度は和臣だけ撮っていい?」
これは俺用。俺の鑑賞用の一枚。永久保存版。
「えへへへ」
くそ、マジでカッコいいな。なんだこれ。なんて、にやけた顔を直そうともせず、じっとスマホを見つめてた。
「あの、実物、こっちにいるけど?」
「あああ、はいはい!」
顔を上げると、微笑まれて、今日はバリバリスーパーハードでかためたはずなのに、少し崩れた髪に触れられた。
「あとで、俺も撮らせて」
「おっけー。って、俺撮っても別に」
「それはこっちのセリフだろ」
いやいや、和臣は別格だから。そう答えようとしたところで「ハイハイ、わかったから、もう始めますよ」とでもいうように、夜空高くに上がる花火の打ち上げ音が邪魔をした。
「あ、大きいぞ、あれ」
そして、上がった大きな花火でふわりと照らされた夏の夜に、俺の作った浴衣を着る和臣もはしゃいでるみたいに笑って、その天上を見上げた。
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