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浴衣の君編 おまけ
「京也さーん、これ、在庫届きましたけどー」
「……」
「京也さん、なんすか。なんで、ガン飛ばして来てんすか」
本日何度目だ。眉間に皺を寄せてじいいいいっと観察されてる。来た時は普通だった。少し早めに来たんだ。
「もー、なんなんすか。はい。これ、ここに置いておきますね。そんで、あとは受注のチェックか」
「……」
「俺、今日一時間早めに上がるんで、もう今日の受注チェックしちゃいますからね」
今日、このあと、タコパーしようって仰木が言い出してさ。たこ焼き器なんてもん持ってねぇよ、って言ったらすげぇびっくりされた。お前、じゃあこの一年以上の間、たこ焼き器なしで過ごしてたのかよ! って、そもそも持ってねぇよ。その文化が俺んとこにはねぇよって、話したら、じゃあ、やろうタコパーって。
俺はしたことねぇから興味津々で、ノリノリで。そしたら、仰木とふたりっきりなんてけしからんと、心配性な父親のごとく怒った和臣も同伴となった。まぁ、俺はそれでもかまわないんだけど。むしろ大歓迎なんだけど。
で、会場は急遽、「我が家」に変更となった。
たこ焼き器は持ってくる。そんで材料の買出しもしねぇとだし、それから、ケーキとかいるかな。京也さんのこの店の近所ですげぇ美味そうなケーキ屋見つけたんだよ。夏限定西瓜ジュレ。絶対に美味いだろ。
だから、忙しいのに。後一時間したら、買出し兼ねて、和臣がここに来るのに。
「京也さんってば!」
「……」
昼飯時は大丈夫だった。いつもの案外男気溢れるガチネコ京也さんだった。それが、昼飯直後から、ずっとこの調子だ。
何か悪いもんでも食ったんか? コンビ二弁当を俺にパシリさせたくせに、走らされた俺はピンピンしてて、エアコンの効いた室内で待機するだけだったこの人が体調不良? 体調不良っつうか、何か見えてる系? ずっと視線が俺よりずれたとこを見てんだけど。怪奇系?
「ねぇ……剣斗君」
「あー、なんすかっ」
俺は宇宙人なのか? それとも夏だし、京也さんにだけ何か見えてんのか? お化け系みたいなの。なぁなぁ、なんで俺の肩辺りを指差してんだ?
「それ、歯形だよね」
「え?」
「それ! 歯形だよね!」
「あー……そうかも、っすね」
浴衣デートで大盛り上がりだったのが二日前。翌日はもう腰に力が入らなくて笑っちゃうほどだった。今は平気だけど、あっちこっちにエロい痕跡が残りまくってる。京也さんが見つけたのはそのうちの一片だ。
「何してんの!」
「はぁ?」
「それ! 歯形!」
「は? だって」
「だっても何もないでしょ! あのね! 剣斗君? 君、ついこの前まで処女童貞だったんだよ? それが! ちょっと、歯形くっつくようないかがわしいことを!」
いや……普通に、あんたのほうがいかがわしいことしてただろ。和臣と出会ったのハッテン場じゃんか。そんでそこでエッロいことしたんじゃんか。歯形どころじゃねぇじゃん。クソエロいのそっちだろ。
「あのね! 歯形なんて残すようなセックスはね!」
だから、俺は色気のある感じになりたいっつうのに。
敵わないだろ。美人でエロくて、スケベで、絶対にセックス上手くて、大人で。和臣の元々の好みはそういう系統なんだから。
「脱処女から一年くらいの子はしちゃだめに決まってるでしょうが!」
それ、どういう理由なんだよ。
「もっとこうソフトに、健全に、あと、この前花火大会だったけど、浴衣エロとか、そんなんっ」
あ、もうしちゃった。それ。エロいセックスしちゃいました。俺、すげぇイかされたもん。
「んががががが! 今、なんか思い出したでしょ!」
「……いえ」
「歯形のこと思い出したでしょ!」
「……いえ」
クソ笑いそうになる。すげぇ真剣に怒られてんだけど。ハッテン場に人のこと連れ出して、見ず知らずの男にけしかけようとしてた人が。エロスケベな大人の美人ネコさんが、ご近所のおばさんのごとく叱ってくるんだけど。
「ちょっと! 剣斗君っ? 聞いてる?」
「あーい、聞いてます」
「聞いてないでしょ!」
だって、ちゃんと聞いてたら笑っちゃうんだって。マジで。
「君、すごく可愛いんだよ? 知らないの? 田舎ヤンキーはギャップ萌えっつうのを知らないわけ? それ、雄は大概好きだからね! そんで、そもそも可愛いのに、何歯形なんてつけて、襲ってくださいって」
「わかりましたってば」
「わかってないでしょ!」
「あ、宅配届いたみたいっすよ」
ちょうどそこで助け舟のごとくチャイムが鳴った。きっとさっき話してた資材の追加分だって、ケラケラ笑いながら扉を開けたら。
「おっと」
宅配じゃなくて、和臣だった。
「かっ」
「お疲れ、剣斗」
和臣だ。なんで? タコパーの買い出しもしかして、一緒に行ってくれるとか?
「ちょ! 和臣! あんたねっ」
ヒートアップしてた京也さんが俺のうなじに歯形をつけた張本人の登場にくってかかろうとした。ガミガミイガイガ、騒ぎながら体当たりする勢いで突っ込んできたけど。
「ちょ、わっ……んぷっ」
そんなの成績優秀世渡り上手の和臣はさらりとかわしてしまう。
そして、京也さんが突撃したのは――本来、俺と一緒にタコパーの買い出しをするはずだった仰木だった。
「大丈夫っすか?」
「……っ」
すげぇ激突だったけど。
京也さん、あれ絶対痛かっただろ。鼻筋がスッと通ってるから、その鼻がべちゃっと潰れたら相当痛いと思う。真っ赤になって、鼻のとこを手で隠しながら、背の高い仰木を見上げる。
「これ、使います?」
「!」
そういうのしっかりしてるんだよな。元ヤンのくせに。
青と黒のストライプのハンドタオルを出すと、京也さんへと手渡した。洗ってあるし、使ってないですからって、言葉まで添えて。紳士だ。
「剣斗、そろそろ上がりだろ? 買い出し」
「あ、うん」
ふわりと微笑む和臣にまた胸をきゅんとさせてしまう。
「それじゃあ、京也さん、俺、そろそろ上がります」
「……」
「お疲れしたぁ」
鼻を押さえたままの京也さんは黙ってた。黙って、俺らを見送っていた。
「なぁ、剣斗、あの人、なんかあったのか?」
「さぁ……どうしたんだろうな」
「……暑い、からな」
「……たしかに、暑いもんね」
そう俺たちの間で納得がいくと、仰木が一件落着したなと笑っていた。
けど、まだ知らなかったんだ。この時は、京也さんの異変の理由を、まだ、わかってなかったんだ。それが新しい――始まり、だなんて。
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