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「ひねくれネコに恋の飴玉」 2 かしらね

 おや、これはなんだか、おかしいぞ。 「…………」  タコパーって、たこ焼きをしながらワイワイガヤガヤすることじゃなかったかしら? 「…………」  違ってたかしらね。ただ静かに、こっそりとした、パーティー、で、タコパ、じゃないよね? 「…………はぁ」  うわ! すごい! 溜め息だ! ただ静かに、じゃなくて溜め息をこっそり出すパーティーだった? かしら? 「あ、あの」 「遅いっすね。剣斗の奴」 「あぁ、そうね」  人見知り、なわけ? チラッと時計を見て、仰木、くんだっけ? 俺の初恋の壮介に似ていたはずの大学生が、眉間に皺を寄せた。  この前、激突した時は似てると思ったんだけどな。なんだかちっとも似てなかった。 「お、同じ大学だっけ? 剣斗と」 「えぇ、そうっす」  礼儀は、正しいんだよね。言葉使いとか。 「あ、京也さん、飲み物変わらずグレサワでいいっすか?」 「へ?」 「あ。すんません。下の名前で呼ぶの、馴れ馴れしいっすよね」  ほら、気遣いも行き届いてる。硬派っていうやつなのかもね。無骨な? 男子的な? 「いいよいいよ。京也で。そうじゃなくてさ、何? ぐれさわって」 「? グレープフルーツサワーのことっすけど」 「えぇ? 何? 今の若い子って、それも略すの? っていうか、人名かと思った」  そこで仰木クンが、細い一重を見開いて、驚いた顔をした。グレサワなんて言ったことないよ。それって、飲み屋とかでも通じるの? 「? あれ? でも、仰木くんって、剣斗くんと同じ歳だよね?」 「!」 「アルコール飲む機会なんてなくない? あれぇ?」 「! あ、いや、その、た、誕生日、もうすぎたんで」 「ふーん。ほー」  やっぱり壮介には似てないけれど、でも、少しは慣れた、かな? さっきまでの沈黙がウソみたいに会話が繋がっていく。沈黙って苦手なんだ。どうしたらいいのかわからなくて、一緒の空間にいるのに、相手が何を考えてるのかどんどん霞がかってわからなくなっていく気がする。  だから、静かなのはとても苦手。  いつだって笑って、騒いで、楽しいほうがいい。 「そ、そんなこと言ったら、京也さんだって、見た目すげぇ若いから、酒飲んだりとか店で止められそうっすよね」 「…………」 「な、なんすか」  突付いて遊んでた。突付きすぎて、真っ赤にしてしまった。 「っぷ、あはははははは。だって、どう見たって歳いってるでしょ。未成年にはどうしたって見えないよっ! 俺」  やっぱりまだ二十歳そこそこの子って、可愛いよね。剣斗くんは可愛いけど、あの子はこういう可愛さじゃないっていうか。あの子、相当でかい器だからさ。  だって、普通は俺のところで働かないでしょ?  下世話な話だけれど、ぶっちゃけてしまえば、あの子と俺、兄弟になるからさ。同じ男と寝たことのある「兄弟」に。でも、そんなこと微塵も気にしない。過去をひっくるめて、和臣の全部を愛してあげる。  和臣は最高に幸せだと思うよ。  あんな子、そう簡単には見つからない。あんな恋も、そうそうできやしない。その人のことを丸ごと、本当に丸ごと愛するなんてさ。 「でも、見た目でいったら、仰木くんはお酒似合うよね。居酒屋とかいそうだもん、エイヒレとか食べてそう。でも、だからこそ、グレサワって! グレサワってさぁ、ぷくくくく」 「んな! なんすか、じ、地元じゃ言う、あ! いや、飲んだわけじゃなくてっ」 「俺、学校の先生じゃないんですけど。ヘーキよ」 「……」  今度の沈黙は楽しい沈黙かな。むすっとしたところも可愛いよね。大人じゃない、けど、子どもでもない。その中間。  やっぱり気のせいだったんだ。ちっとも壮介に似てやしないじゃん。バカだな。まだ、面影追ったりしてんのかね、俺は。 「いいよねぇ、若いって」 「……え?」  恋の苦さを知らないっていうのはさ。 「たっだいまー!」 「遅くなった」  そこにドアを壊しそうな勢いで剣斗くんと和臣が登場した。 「おっせぇよ」 「あはは、わりわり」  そりゃ、遅くなるでしょ? だって、キスしてた。たぶんね。剣斗くんの唇がとても赤くて、潤ってる。柔らかそう。少し上気した頬も、真冬だったらむしろ寒いからってことでスルーされるだろうけど、秋の夜長に上気した頬はあらぬ妄想ばかりを駆り立てるよ。  そんな二人と一人、の会話を眺めていたら、ふと、和臣と目が合った。  そして、俺の考えてることを察知したようで、パッと赤くなって目を逸らした。タコパー前、少しでもイチャイチャしたかった。道端で、物陰に隠れながらキスしてたって、伝わるような赤面。  和臣のキスはどんなだったっけ?  あんまり覚えてないんだ。たぶん向こうもそうだと思うけれど、何かを埋めるように、なんとなくでした行為になんて何も意味もないし、何も残らない。覚えてるのは。 「ああああ! ちょ、仰木! それ!」 「いいだろ。ひとつくらい」 「ちょおおお! てめっ、一つって、今二粒食っただろ!」  あ。  小さくそう胸のうちで呟く。  買ってきたチョコレートを二つ、いっぺんに口に入れたから、一口だと主張する顔が、似てた、かもしれない。  どこか違っているけれど、今の笑った顔は壮介に、ほら、ほんの少しだけ、似てたかも、しれない。

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