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「ひねくれネコに恋の飴玉」 4 無礼者、そこになおれ!

 なぁにが。 「ッフ……あんたも、そういうのちっとも似合わないからやめたほうがいい……ぜ。ッフ」  だよ! なぁにが、「ッフ……」だよっつうんだ! 二十歳の若造が何知ったかぶってんだっつうの。こっちは酸いも甘いも知り尽くした大人なんですけど? 一人で店を構えて、それなりにやってけてる立派な芸術家ですけど? たかが大学生が、社会の荒波にも揉まれたことのないガキんちょが、知ったふうに。 「……ッフ……じゃなっつうの!」 「何、一人で、ふふふふふ、笑ってるんですか?」 「んぎゃあああああ!」  びっくりして飛び上がった拍子に座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。 「んな! なっ」 「あなたって、見た目の割に騒がしい人ですよね」  その倒れた椅子を片手で直して、溜め息零して、涼しげに「ッフ」って笑う、この前、この俺の誘惑をしれーっとかわした無礼者。 「んなっ」 「椅子、壊れるかと思った」  なんで、クソガキがここにいるんだ。 「ちわ」 「……」 「すんません。チャイム鳴らしたんですけど、全然、わからなかったみたいで。剣斗にはこの時間は休憩だから勝手に裏側から入ってって。たぶん、作業場のほうにこもってるだろうから、集中してて、聞こえないと思うって」 「……」 「あ、すんません。剣斗、レポート一本、ダメだったんで、今、号泣しながらやり直しさせられてるんすよ」  今日は夕方から剣斗君が来るはずだった。少し大量発注を受けて、作業にこもりたいから、店番を頼んでた。作業中は集中してて接客しながらはちょっと無理でさ。彼は彼で忙しそうだったんだけど、ちょっと強引に頼んでしまった。 「で、俺はそのレポートばっちりだったんで帰り際寄って伝えてくるってことに」  あ、笑った。けど、きっとこれは剣斗君の号泣っぷりを思い出しての、笑い顔なんだろうな。好きな子には、優しい系、なわけね。 「それにしても、ホント、剣斗の言ったとおりっすね」 「?」 「見た目、綺麗系だけど、すっげぇ面白い人だっつうの」 「! は、はぁ?」 「すげぇ、納得。はい。椅子、ちゃんと座って頑張ってください」 「んなっ」  なんて、なんて生意気なんだ。  なんなんだ、このクソ坊主。坊主っていうほどの短髪じゃないけど、クソ坊主。ちゃんと座ってって、俺はどこかのおっちょこちょいか! あしらってる感出しちゃってさ。この前の誘いの断り方といい、ホント。 「あ、店番しながら、課題やってもいいっすか?」 「は?」 「うちの大学、課題半端ないんすよ」 「や、そうじゃなくて!」  長い指、骨っぽくて大きな手は男の俺でも包み込めそうなほど。細く鋭い眼差しも男らしくて、さ。 「だって、京也さん、作業集中したいっしょ?」 「!」 「接客ならバイトでやってるんで、大丈夫っすよ? 愛想、良い方なんで」  どこがだよ。俺にはかなり、かーなーり、愛想悪くないか? いいけど。別に。もう誘ってなんかやんないし。そもそも俺は気まぐれで、優しさで誘ってあげただけだし。 「仕事、頑張ってください」 「……」  絶賛片想い中のクソガキ君がかわいそうだったから、お兄さんが暇つぶしがてら、慰めるのを手伝ってあげようかなぁって思った、だけだし。  ホント、それだけ、だし。  昔は、図画工作が大好きなおとなしい子だった。作品はすごい絶賛をされるけど、それを作った本人は「はて? どんな奴だったっけ?」って首を傾げられるような物静かなタイプだった。器用だったのは指先だけ。人と会話をするのは不器用で、友達作るのなんて大の苦手だった。そして高校三年の夏、初めて味わった恋が、それまでの俺を変えた。  美形、ではあったからさ。  ただずっと俯いてばかりだった俺はそのナイスルッキングってやつを披露したことがなかっただけで、初恋に浮かれて、彼を学校内で見つめていたいと顔をあげた。そして、ちょっとずつ友達が増えていって。彼と過ごした短い初恋が終わりを告げた頃には人気者になっていた。ニコッと笑えば、みんなが優しくしてくれる。わがままさえも許容される。でもさ、友達は変わるんだ。学校が変われば、接する場所が変われば、友人も変わる。初恋が終わって、その後、告白された人と付き合って、他の人にも告白されて、また別の人にも。くるくる変わって、変わって。まるでメリーゴーランドみたいにどんどん流れていく景色は目まぐるしくて、クラクラして、その人をさっきも見たのか、それとも今初めて見たのかわからなくなるほど、くるくるくるくる。なんだか目眩がしそうだから、ちゃんと見るのをやめてしまった。  遠くを、ぼーっと見つめるくらいでいるのが一番楽で、一番、酔わずにいられると気がついた。  自分の手元にあるのは一番好きな革細工。あれはどこでだっけ? それも定かではないけれど大学の頃、フリマだったと思う。革細工のクラフトをひとつ手に取ったのが始まり。そこから俺は革を使ったクラフト制作に没頭するようになった。  指先に吸い付くような感触が気に入ったんだ。しっかりと握りしめると、何か「掴んでいる」っていう確かな手応えがあることに安心感を覚えた。だから、これだけが変わらず、確かにここにある。 「……ふぅ」  こんな感じ、かな。うん。けっこくいい感じだ。この革作品。 「終わったんすか?」 「! あ、ごめん! その! え? あ、ウソ! もうこんな時間? 君、ずっといてくれたの? 悪かったね。何か、お腹空いたよね」  うっかりしてた。集中しすぎて、グッと湖の底に潜り込むように、入り込みすぎてて、音どころか彼のことをすっかり忘れて。 「はい。集中してるから邪魔しないほうがいいかなって。でも、こっちはこっちで勉強できたんで、客ゼロで静かだったし」 「あっそ……って、客ゼロとか。何? 嫌味? これでもけっこう人気なんですけど?」 「あはは」  笑……た。今、すごい笑った。 「そだ。さっきの、訂正します」 「え?」 「見た目の割に騒がしい人っていうやつ」 「……ぇ」 「すげぇ綺麗な人だった」  笑ってた。クソガキで、無礼者が、笑って。 「綺麗なくせに、すっげえ、騒がしい人」 「んあぁぁぁ?」 「っぷ。マジいったそばから、騒がしいし」  笑って、ホント、やっぱり無礼で。 「あ、そだ。俺、餃子食いたいっす」  やっぱりクソガキだ。

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