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「ひねくれネコに恋の飴玉」 5 普通さ

 普通、デートとかで餃子とか食べないわ。でも、食べそー、このクソガキ食べそー。めっちゃ、ムードとか関係なさそー。 「いただきます」 「……召し上がれ」  って、別にデートじゃないからいいんだけど。 「食わないんすか?」 「食うよ! これ、俺の奢りなんだから、食うよ!」 「どぞ。召し上がれ」  召し上がるわ! 俺のお金なんだから、がっつり餃子セット召し上がるわ! 「……何? 食べづらいんだけど?」  ここの餃子、好きなんだ。今度、剣斗君にも教えてあげよう。あの子、絶対に餃子好きそうだよね。ここの、一個、一口じゃ食べきれないの。一般的な餃子の三倍の大きさ。三倍だよ? 三倍。だから、三口必要なんだけど、そこは二口で、がぶっといく。そんでご飯をこれでもかって、口に入れたら、もう最高。ヘトヘトな時でもここの餃子セット食べたら、帰り道はもう大満足の鼻歌交じりで帰れるんだ。  そんな餃子をいつものごとく、二口で平らげていたら、目の前に座っていたクソガキと、バチッ! って、音がしそうなほどに目があった。そして、文句口調で問いかけると、ニヤリと笑ってる。 「いや、なんか、面白い人だなって」 「はい?」 「すっげぇ綺麗。と思ったら、すっげぇかっこいい横顔で仕事してて、そんで、ガキ大将みたいに口いっぱいに餃子詰め込んでる」 「……なにそれ」  ガキ大将って、そんなの、君の子どもの頃いなくない? 俺の子どもの頃でもいないけど? ドカンも空き地もガキ大将もいませんでしたけど? 「そういう人、なんていうんだっけ、そういうの」 「……」 「でも、好きっすよ」 「あっ、ぁ、っそ」  なんだよ。そういうのなんていう人なのかちゃんと思い出してよ。全然わからなくて気持ち悪いだろ。  でも、少し照れてしまった。仮にも年下の、生意気なクソガキ君に、綺麗だと言われて、不貞腐れたような文句しか返せなかった。だって、この年下は生意気だけれど、言葉が真っ直ぐだったから。嘘とか、その場その場の雰囲気でなんとなく、たいした意味も気持ちもない軽い言葉じゃなくて、体温のある言葉だって感じたから。 「は、早く食べれば?」 「うっす」 「ちなみに残したら、全額、そっち持ちだから」 「残さないっすよ。すげぇ美味いし。これ、京也さんが、さっきみたいに仕事して稼いだ金で奢ってもらってるんだから」  生意気。まだ、社会の荒波になんて揉まれたことのない、呑気な年下男。  今までなら接点なんて、あってもセフレくらいの瞬間的接点だけに留めておくだろうタイプ。そのくらいのほうが楽でいいじゃん。切るのも楽、切られる時だって、そもそも気持ちがないんだから、痛手なんてなぁんにもない。そのくらいがちょうどいい。  好きだなんだで、心のど真ん中を抉られて、空っぽになったみたいに寂しさばっかりがその胸の真ん中から溢れるなんて面倒だよ。大人はそんな恋愛にばかり心を囚われられるわけにはいかないんだ。仕事しないといけない。授業そっちのけで想い人にうつつを抜かすなんてことしてられない。だから、そういう類のことは「ある程度」でいいんだ。  ホント、そのくらいでちょうどいい。 「ごちそうさまでした」 「どういたしまして」 「うわ、外出ると寒いっすね」  そう言いながら、彼は肩を竦めた。竦めたところでスクスク育った大学生、今時の子だよね、背も、肩幅も俺なんかよりもずっとある。男っぽい身体だ。 「すっげぇ、美味かったっす」 「あっそ」  モテる、だろうね。この見てくれなら。 「……思い出した」 「?」 「ギャップ萌えだ」 「はっ?」 「京也さんみたいなの、ギャップ萌えっつうんじゃないですっけ? ほら、可愛い感じなのに、男っぽくて、そのギャップがヤバイ、みたいなの。違いました? 俺、あんまそういうの詳しくないんすよ」 「は、はぁ?」  なんなんだ。このクソガキ。ヤバイってなんだ。ギャップって、なんだよ。今、萌えって言った? その意味わかってないで言ってる? 萌えの意味っていうのはね、あのね。 「あと、仰木です」 「……え?」  も、もしかして、真っ直ぐ射抜くように届く言葉と視線、それって、透視的なことでもできるのか? 心の中を見透かすことができるとか? そのくらい真っ直ぐ鋭くこっちを見つめられて、年下の、生意気な、クソガキ相手に、百戦錬磨、恋愛なんて片手間で済ます俺が動けない。 「仰木柚葉(おうぎゆずは)です」  洒落た名前。今時の、少し年下ってわかるようなそんな洒落た名前をした、その年下男は、秋のひんやりした風に肩を竦めて、笑っていた。 「ごちそうさまでした」  笑って、礼儀正しく一礼した。 「うわーなんか、今日はあっついっすねぇ」  飛び込むようにやってきた剣斗君が黒いTシャツをはためかせて、空気を内側に送り込みながら、ふぅと溜め息をひとつついた。  夏でも戻ってきたみたいに今日は暑いらしい。予報でそう言っていた。お天気があっちにいったり、こっちにいったり、せわしなく季節の間を迷子になっている。 「この前はすんませんでした」 「レポート、号泣しながらしたんでしょ?」  うっす、って、あの子と同じように首だけ動かして返事をすると、大きなカバンからペットボトルを取り出し、喉を鳴らしながら、半分ほど飲み干す。今日は、一日工房にこもってるから、外には出ていないんだけど、やっぱり相当暑いんだな。 「あ、そだ! やべ、溶けてないかな」 「?」 「これ……」  次に彼がカバンの中から急いで取り出したのは、手のひらサイズの紙箱に赤いリボンのついた、小さな手土産。 「仰木が、この前餃子奢ってもらった礼にって」 「……ぇ?」 「チョコ、らしいっす。京也さんに渡してくれって」 「え、あ、ありがと」  受け取ると、ただそれだけなのにほのかに苦味にある高級チョコの香りがした気がする。 「さてっと、俺は発注管理しますねー」  なんだよ。律儀だな。別にいいのに。こっちのチョコのほうが断然高そうだけど? あそこの餃子美味いしデカイけど、激安なんだ。絶対にこっちのほうが損してる。  別にいいのに。そんな律儀にしなくたって、気にしてないのに。それに……持ってくるなら、自分で。 「京也さーん、ヤバイっすよ。なんかすげぇ注文増えてます」 「え? ま、マジ?」 「マジっす」  自分でさ。 「マジで、これ、大丈夫っすか?」  自分で……。

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