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「ひねくれネコに恋の飴玉」 6 お邪魔虫のいとま
苦味は、オレンジピールだったわけね。少しスパイシーな香りの混ざる、濃厚なブラックチョコレート。リキュールも入っててさ。
甘くない大人味、なんてさ。ちょっと生意気じゃない?
箱を開けた瞬間、香りだけでわかる高級感。こんなチョコを餃子のお礼によこすなんて、可愛くない。背伸びしちゃってさ。コンビニの冬季限定のチョコレートのほうが好きなくせに。甘くて、甘くて、甘いやつ。
「……」
その甘くないチョコレートが残りのひとつになりました。
「……ふーん」
残りひとつになりましたけど? もう、これ、ラスイチですけど?
「それ、美味くないんすか?」
「うわああああ! ちょ、何、剣斗君!」
「呼び鈴、鳴らしても気がつかないから、って、仕事中にイヤホンで音楽聴かないでくださいよ」
仕方ないだろ。デザイン考えてたんだから。デザイン案出す時は音楽欲しくなるんだよ。それとコーヒー。その二つのアイテムで鉄壁の構えを作ってから、ぐっと集中する。製作の時は音もコーヒーもなくていい。むしろ、コーヒーなんて、こぼしたら発狂するから、そこら辺に置いたりしないし。
「毎日、一粒ずつ食ってますよね」
「! な、何っ」
「? 何って、仰木がくれたやつですよね?」
「!」
バレ、るか。バレるよな。入っていたのは十二粒。友だち伝で、お礼の品を渡すんじゃない。失礼だぞって、文句を言ってやろうと思ってたんだ。でも、俺は社会人で忙しいから、そう覚えてられない。覚えてられないだろうけど、言わないのも悔しいから、文句を忘れないためにチョコを一日一粒ずつ食べて覚えておこうと思っただけ。ただそれだけ。別に、一粒ずつ食べたくて食べてたわけじゃない。あのガキんちょが早々に顔を出したら、別に。
「ちょっとずつしか食わないから美味くないのかなって。京也さんって、案外真面目だし、案外律儀だし」
「すんません。なんか、無理をさせたみたいで」
「もっと美味いのにしろよ。仰木はさぁ」
「お前が食うわけじゃないだろ」
顔を出したら、別に、チョコ一粒ずつなんて。
「あの、京也さん、お口に合わなかったすか?」
一粒ずつなんて。
びっくりした。びっくりしすぎて声も出なかった。声が出ないから、剣斗君伝でお礼の品を渡すなよって文句を言い忘れた。っていうか、来るなら事前に言っておいてよ。急に出現するなよ。
「ここをこうして、こうな」
「あぁ」
「そんで、テープつけて、カード入れて……はい、オッケー」
「らじゃ」
「これを全部百個作るから」
よし、そんじゃ、宜しく、そう言って太陽みたいに笑う剣斗君に、ガキんちょが、ふわりと微笑んだ。なるほどね、だ。剣斗君と二人でいられる時間を作りにわざわざバイトの手伝いなんてしちゃったわけだ。健気だねぇ。一途っつうか。なんつうか。可愛いよね。さすが二十歳の子は考え方が初々しいっていうか。もう完全片想いなんだから、諦めればいいのにね。
大人じゃない証拠だよね。
好きな人を想って、想い続けて、それの結果がどうなろうと知ったこっちゃない。好きっていう気持ちだけで、いくらでも動ける。いや、好きっていう気持ちだけが自分のことを突き動かすっていうノリ。
大人はそういうの疲れちゃうから、しないんだ。
あぁ、この人とは無理っぽいな、って見切りをつけたら、はい終わり。そこでまだズルズル好きでいるなんて、非効率なことはあんまりしない。そうやって、恋愛事を引っ張って、押して、また引っ張って、いわゆる駆け引きをするんだ。その駆け引き程度のところが一番楽しかったりする、本当にゲームみたいなもん。
大人はそんな片想いしないんだよ。
大人はもっとスマートに恋愛するもんなんですよ。
「さむ……」
外に出ると、風がけっこう冷たくて、一枚羽織ってくればよかったって思った。なんか、二人で楽しそうにしてたからさ、その二人のいるソファんとこに置いておいた、カーディガン持ってくるのははばかられたんだよ。
「チョコ、すんませんでした」
「!」
びっくりした。
「剣斗が、一粒ずつ食ってたって」
なんで、来たの?
お邪魔虫家主がわざわざ時間と場所を提供してあげてんのに。
ふたりでラブラブしたいがためにくっついてきたんだろうからと、少し休憩をしてあげようかなって。コーヒーでも淹れて、って思ったら牛乳がなかったから、イチャイチャしちゃってる二人に一声かけて、大人の俺はしばしの暇を――ってさ。
「あんま美味くなかったっすか?」
「……ぇ」
「京也さんに合いそうかなって思って」
その可愛い片想いをひとかけらほどでも成就させたいはずの奴が、なんで、少ししかない時間を、なんで無関係な俺のところで、使っちゃってんの?
「大人っぽい感じの」
「……」
「あ、何、買うんすか? コンビニ」
「え、牛乳」
「言ってくれれば、俺買ってきたのに」
いいよ。君は剣斗君とラブラブしたかったんだろ。
「別に、コンビニすぐだし」
「高いじゃないすか。コンビニのって」
「大人なんで、十円二十円、違ってたって別に」
なのに、こっちきちゃダメじゃんか。
「五十三円違ってますけど? 少なくとも、うちの大学の隣のスーパーと、なら」
なんで、イタズラっぽく笑って、コンビニの牛乳を取って、ドヤ顔?
「あ、これ、好きすか? こういうの」
「……」
「冬季限定のチョコだって。うまそ」
なんで、ここで時間使ってんの?
会計、なんでしちゃうの? 子どもで、五十三円違うのを笑って話したくせに、なんで、五十三円高い牛乳と冬季限定のチョコ買ってんの。
「うわ。すげぇ量少なっ」
「……」
「はい。京也さん」
「……」
ホント量少なくない? あの箱にこの量って、若干ズルじゃない? ねぇ、ポテチもさ、あんな袋膨らましておいて、開けると、これだけかいってなったりするよね。なんて、大人だから言わないけど。別にチョコのひとつふたつ、ポテチの二枚、三枚、大人は気にしないけど。
「あ、でも、美味い」
大人の俺は――しないんだ。
「もう一個食お。ほら、京也さんも。
「…………美味かったよ」
「え?」
「あのチョコ」
大人はしないんだ。非合理的な片想いなんてさ。疲れること。
「……ありがと」
しないんだ。
「これ、着てて。寒そう」
「……」
そう言って、二十歳の子どもが肩にかけてくれたニットカーディガンはやたらと大きくて、大人サイズだった。
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