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「ひねくれネコに恋の飴玉」7シンガポールからアイオンチュー

 明日って、剣斗君来るんだっけ? そしたら、俺、作業場こもれるなぁ。こもれるなら、あれと、あれも片付けて。そういや、在庫のほうって、剣斗君管理してくれてるけど、緑色の革、発注頼んでくれたかな。あれ、届くのなんでか遅いんだよねぇ。いっつもそのこと忘れちゃうんだけどさぁ。あれ、どうにかなんないのかな。染め方がって、業者は言ってたけどさ。  ――久しぶり。元気? 今、帰国してんだ。明日辺り、そっちに遊びに行こうかと思ってんだけど。京也、夜、会えない? 「…………」  帰り道、緑色の革の発注のことを考えてたら、昔のセフレから連絡が来た。どこだっけ? シンガポール? だったっけ? そっちに在住になるとかで、そのまま途絶えてたけど。  突然の連絡に溢れたのは溜め息だ。散歩がてら歩きながらスマホをいじりつつ、足元の砂利を蹴飛ばした。  明日、ねぇ。 「……」  そういや最近、夜、遊びに行ってないなぁって、今、思った。 「……うーん」  今、あぁそういう夜の過ごし方ってあったねって、思い出した。あぁ、そっかってなった。  そっかって、えっ? 枯れたっ? ねぇ、もしかして、この歳で? まさかの? 枯れた、かな?   いや、それはどうなんだろう。ちょっと、どうなんだろう。  でも、本当に忘れてたんだ。セックスしたいなぁって思って、バーに遊びに行くとか、ハッテン場とかさ、完全に頭の中から抜け落ちてた。そんで、あのシンガポールセフレの挨拶に、ハッとした感じ。  そんながっつくほうじゃないけど、それなりに定期的にセックスを楽しんでたんだけど、したいとか、したくないとかじゃなく、単純に忘れてたんだ。って、怖くない? 性衝動忘れてましたとか、枯れすぎじゃない?  でも、一番怖いのは、さして、楽しみじゃないこと。  あのシンガポールセフレとのセックス が。  なんでだ。なんで楽しみじゃないんだ俺。びっくりだよ。あいつって、セックスうまかった、はず。けっこう上手で、ネコの反応も丁寧に拾い上げて、ちゃんと快楽に繋がるようにってしてくれてた。気持ちよかった、と思う。たぶん。そこまでしつこくしない感じなんだけど、欲しい分はちゃんとくれる感じだし。雰囲気も好みだった、よね? あと、顔も良かった。ほら、これだけで、けっこう好条件物件ってわかるじゃん。どう考えたって、美味しいじゃん。  なのに……なんで俺、楽しみじゃないんだ。  今までだったら?  楽しみでしょ。もうどういう相手なのかわかってるんだもん。後腐れもないし、久しぶりの帰国で声をかけてきたくらいに欲しがられてて、楽しくて気持ち良いセックスって太鼓判押せるのに、なんでか、テンションは、つううううっと、平行線を維持してた。 「嘘でしょ……」 「え? 俺、なんか、まずったすか?」 「んぎゃあああああああ! ちょ、剣斗君! あのさ! その音もなく忍び寄る系やめてくんない? 死んじゃう!」 「いや、ふっつうーに入ってきましたけど。挨拶したけど、頭抱え込んでガン無視したの、京也さんじゃないっすか」 「……知らないっ!」  剣斗君がニカッと笑った。可愛い顔してんだよね。この髪型が脅威的にダサいけどさ。それも、まぁ和臣には可愛いんだろうね。愛よね。愛。 「あ、そだ。緑色の革、後で到着するって」 「あ、頼んでくれたんだ」 「はい。あれ、なんでか発注から、到着まで時間かかるじゃないっすか。だから早めに。そんで、配達、ネットで追っかけてチェックしてたんす。今日、夜の八時くらいに到着らしくて」 「あ……」  あ、そうなんだ。じゃあ、俺、行けないじゃん。そっかそっか、今日の夜は無理そうなんだ。 「まずかったすか? 明日、俺、来れないんすけど、でも、受け取り来ましょうか? つか、明日の午前受け取りとかでも大丈夫っすよね? 使いたい日、明日の朝からじゃなかったし」 「あ、いや、平気。あの、俺が受け取るから」 「え? けど、なんか用があったんじゃないんすか?」  剣斗君って、良い奥さんになれると思うよ。なんていうか、心の機微を捉えるのがすごい敏感っていうか。気がつく子っていうか。モテるだろうねぇって思うわ。 「あーうん。平気」 「けど、そしたら、俺」 「いいっていいって、あれでしょ? 和臣とデートとかなんでしょ? なんかイルミネーション見るとかって、この前話してなかった?」  可愛い子だなぁ。言われて、ぽっと頬を染めた。こんなヤンキーなのにね。こういう反応とか、本当に可愛いわ。  先週だったか、楽しみにしてるって言ってた。点灯式とか、地元が田舎だから見たことないんだって、ワクワクした顔で話してた。きっと和臣はこのはにかんだ顔を見て、それこそデレるんだろうと、容易に想像がつくよ。 「大丈夫。大した用事じゃないからさ」  そう、本当に大した用事じゃないんだ。 「行っておいで」  君らを見てたから、か。 「きっと民家のデコイルミよりも、ヤンキーのデコトラよりもずっと綺麗だよ」 「マジっすか!」 「マジマジ。楽しんでおいで」  君のその天真爛漫な笑顔と、その横で心底幸せそうに笑う和臣を見てたから、なんか、楽しく思えなくなったんだ。  今まで美味しいと思ってた、高いばかりのチョコレート。着飾って、デパ地下で買った高級チョコよりもさ。もっと、美味しい「食べ方」ってあるんだって。  ――ごめん。今日、仕事で都合つかなくなっちゃった。また、今度。ごめんね。  そうメッセージを送れば、きっとあのシンガポールセフレは別のセフレを探すだろう。スマホの中にある名前を指でスクロールしながら、どんなセックスだったかを思い出して、自分好みの相手をピックアップ。連絡して、都合つけて、待ち合わせて、セックス して、またねと手を振って終わる。  そういうの、楽しそうに思えなくなったんだ。  別のチョコを、別の食べ方で。 「すんません。あの、剣斗の代理で来たんすけど」 「…………ぇ?」 「コンチハ」  食べたいって思ったんだ。あの日、食べたチョコレート、みたいなのが、食べたいって。 「……仰木、君」

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