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「ひねくれネコに恋の飴玉」 9 ドラマチックにダッサ

「何? 今の男? ピチピチ年下攻め食ってんの? そりゃ、古いのはいらないかぁ」  そうそう、そうだった。  君のその、クリスマスイルミネーションみたいにキラキラした笑顔はさ、俺みたいな、適当に遊んでばかりだった男に向けていい笑顔じゃないの。ホント、俺には勿体ない。  神様がそう言って俺に教えてくれたみたいだ。 「ドタキャンされて寂しかったんだよ?」  涼しげに笑うそいつはシンガポールから一時帰国の間のセックス相手として俺に連絡を寄越した。けど、断ってすぐ、別のセフレを見つけられる程度には遊んでる。セフレ手帳? あるのか知らないけど、あるんだったら、何人くらい登録してあるんだろうね。お盛んなことで。どうせ、向こうでだって、遊んでただろうに、久しぶりの日本だから? 日本人とヤリたくなった?  サイテー…………なんて、言ってしまえたらいいのに。 「まだ、しばらくこっちにいるからさ、また、飲みに、でも行こう。あの店、京也が好きだった寿司の美味い店、とかさ」  そこで、男がちらりと仰木君を見た。  どう見たって学生。どう考えたって、この男が言っている俺のお気に入りだったあの寿司屋には入れない。あの店、なんて、わざと強調したりして。君は知ったところで入れない。そのくらい、学生君には分不相応なんだよと、そう値踏みして、ほくそ笑んでる。  ね、本当にサイテーだけどさ。 「今、こういう感じが好みなんだ? 何、いつも使ってたハッテン場で拾ったの?」 「っ」  反論なんて、できやしない。  悲しいことに、俺はこっち側、なんだよね。こっち側。セックスは遊び感覚。こういうセックスが今夜は欲しい、って思ったら、相手を変える。だから、こっちがダメなら、この前、ヤった男を呼び出してみよう、ってするだけ。ほら、この男となんら変わりがない。  だから、この男だけじゃなくて、俺もサイテーだよね。 「ガツガツされたい? 京也、大好きだもんね。そういうの」  こーんな、キラキラチカチカ光が瞬く、イルミも笑顔も、全てが宝石みたいに眩しい中にいちゃ、いけないよね。  こーんな、素敵な場所に、俺は――。 「けど、あんたは、用なかったんだと」  俺は、いちゃ、いけない。 「……ぇ、仰木く」 「あいにく、今の京也さんはあんたみたいな、ねちっこそうなタイプは嫌みたいだよ」 「仰木っ」 「それとさ、申し訳ないけど」  君、何言ってんの? そう、言おうと思ってた。思ってたのに、その口が鼻ごと、全部、仰木君のダウンコートに押し潰されてしまった。 「セフレごときがうっせぇよ。本命枠にも入れてもらえない、遊び相手レベルのおっさんが。すげ……笑える」  頭を片手で引き寄せられて、ぶちゃっと鼻が痛いくらいに潰れて、そんで、これ、まるで君に守られてるみたいに。クリスマスイルミをたくさんの人が見ているキラキラチカチカ、光のお祭りの中で、ラブラブバカップルの中で、まるで、俺たちもラブラブバカップルみたいに、何、してんの? 「だっさ……」  君、何、してくれてんの? ねぇ、ちょっと、びっくりしすぎて、激突した鼻がちっとも気にならないじゃん。キラキラチカチカに目が眩んで、ぶっ倒れそうになったじゃん。  びっくり、した。  なんなんだよ。ホント、なんなの。  あのシンガポール男、めちゃくちゃ悔しそうにしてたっつうの。顔真っ赤にして、隣にいたセフレにすら、嫌そうな顔されてたっつうの。あの後、絶対に、今夜の相手断られてる。だっさ……、ホント、だっさ。  そんで、動揺しまくりの俺も、だっさ。 「……」  あのままクリスマスイルミを後にして、悔しさに地団駄踏みたそうなシンガポール男を背にして、まさかの肩抱きしめ退場とか、ドラマチックすぎるでしょ。 「……あー、ごめん、変な雰囲気にさせちゃったね」 「……」 「なんかぁ、ごめんね! 君に気を使わせちゃった」  君は退場後からだんまり。イルミネーションからどんどん遠ざかっていく。 「ただイルミネーション見たかっただけなのにねー、あーあはは……あの、さ……さっき、言ってたこと、なんだけど」  びっくり、した?  ああいうの、剣斗君みたいに純粋な子が好きな君にはちょっとあれだよね。すごく、その汚いっていうかさ。 「へんな雰囲気になってないですよ」 「……」 「セフレはさすがにいないっすけど、別に、京也さんの中で俺がどんな認識なのかわかんないすけど、ハッテン場とか、行ったことありますよ」 「え、ええええっ?」  いや、今、俺がびっくりした。 「ちょ、京也さん、うるさい」 「だ、だって、だってだって」 「一回だけ。まぁ、俺も若いんで。どんなもんだろうと。それこそ、上京してすぐに」  ウソ。いや、ショックってわけじゃないけど、だって君ってさ。 「俺、京也さんの中で小学生レベルっすか」 「や、だって」  君はキラキラチカチカ、まるでクリスマスイルミみたいなものでさ。今だけ見られる眩しい存在っていうか。ほー、綺麗だねぇって、鑑賞するためっていうか、触ったらビリビリするっていうか。 「男ですよ」 「!」  触ったら、ビリビリする。した。今、君の指先が俺の頬を撫でたら、ビリビリした。 「っつうか、あのおっさんの顔、すげぇ笑えた」 「!」 「ああいうの、すげぇ楽しいっすね。なんつうの? ドラマっぽいっつうか。颯爽とヒロインをかっさらう的なの、かっこよくなかったすか?」 「! あ、あのねぇ!」  だから、ビリビリするんだってば。触らないでよ。俺に。 「カッコよくなかったっすか?」 「……」 「男に、見えなかったすか?」 「……」  触ったら、電気が。 「男、ですよ……京也さん」  電気が駆け抜けた。

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