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「ひねくれネコに恋の飴玉」 10 ノルマは一日五個です。
――男ですよ……京也さん。
「……」
――男ですよ……京也さん。
「っ」
――男で。
「知ってますよおおおおおおお!」
バカ、思わず、叫んじゃったじゃん。
「……」
思わず、叫んじゃったじゃんっ! なんなんだよ。何、あの、あんな顔して、あんなこと言ったりして。なんなんですか。
――駅まで送ります。
そう、目を細め、こっちを見ながら微笑む彼に、なんか、すごいブザー音がした気がする。胸の辺りからすっごい警報が鳴り響いてさ。俺は慌てて。
――いいいいい、いい、いいです! さようならっ!
なんて、すっごい勢いで逃げ出した。だって、そうでしょ。警報鳴ったら逃げるでしょ? あかんでしょ?
「……あかん、でしょ」
「何が開かないんすか?」
「んぎゃあああああ!」
「ちっす。今日、バイトじゃないんすけど、ちょっとお裾分けを」
にこやかに笑いながら金髪オールバックが眩しい剣斗君がガサゴソと紙袋を持ち上げた。
蜜柑、だってさ。ご実家から一日五個食えと送ってくれたらしいんだけど、さすがに五個は食べられないだろうし、大量すぎて傷んじゃうから、お裾分け、にしては大量すぎるそれをごそごそっと。作業台の上に乗っかった紙袋もこんなに大量の蜜柑を抱えてて、大変そうだった。
「昨日、行ったんすね。イルミネーション」
「ひぇっ!」
「仰木と、いるの、見ました。これで今日、四つ目ぇぇ、あと一個でノルマ完了っす」
見た? 見てたの? どの辺を? どこで? 何時何分何十……。
「……俺、たまぁに……っすけど、思ったんすよ」
ふぅ、と本日四つ目の蜜柑の一粒を口の中に放り込みながら、背中を丸めて、天井を見上げた。
何がよ。別に、俺と仰木君はなんにもないし。そう! そうだった! そうそう、あの子は、剣斗君のことがさっ。
「京也さんって、仕事してる時はかっけぇし、けど、美人で、自立してて、すげぇのに、たまに、ちょっと可愛いかったりして。なんか最強じゃないっすか」
最強は、君だろ? いつもは強気で、しっかりしていて、気が利いてるし、細やかで、優しくて、笑顔が可愛い。そら、仰木君だって惚れるだろってくらいにさ。器のでかい、カッコいい、可愛い子じゃん。
「和臣のこと……ちょっとだけ、不安だったりもしたんすよ」
君を好きになるのは必然のように思えるよ。俺みたいなさ、上っ面の綺麗じゃなくてさ。君の綺麗は、君の可愛いは、とても純粋で、一つも淀んでないんだ。
「その、やっぱ、色々? 京也さんのほうが上手い……んだろうなぁ、なんて、思ったりもして。恋愛でも、なんでも、俺、不器用だし、初心者だし」
君のその不器用なところも真っ直ぐなところも、全て、とても素敵だと思うよ。俺だけじゃない、和臣も、仰木君もそう思ってる。それに何よりさ、君は――君は俺と違って、とても綺麗だ。心も、気持ちも……そして、身体も。俺なんて。
「過去って変えられないじゃないっすか」
俺の身体は、さ。
「今、俺のことを好きでいてくれる和臣は、今までの過去全部でできてるんだって」
汚いから。
「思うんすよ。たくさん回り道して、迷ったからこそ、今、俺を選んでくれたんだって」
だから、仰木君には。
「って、京也さんに言っても仕方ないんすけど。なんか、俺は俺のままでいいんだーって思えたら、嬉しくて」
「……」
「蜜柑、ちゃんと五個食べてくださいね?」
昨日、きっとたくさん愛してもらったんだろう。いつもは元気でハツラツとしていて可愛い剣斗君が、今日はなんだかとても綺麗だった。とても淑やかな横顔をしていた。
それは羨ましいほど繊細で甘い色気の漂う横顔でさ。こんなふうに彼を変えちゃう和臣もなんか、すごいなぁって。愛ってさ、すごいんだなぁって。
「五個かぁ、食べても食べても俺一人じゃ間に合わなさそうだよ」
「だって、それ、二人分っすもん」
「……え?」
愛し合えることを、愛を与え合って、分け合えることを、羨ましいと思ってしまう。
「二人分」
「え、あの、剣斗く」
「もう少ししたら仰木が取りに来ると思うんで、二人で分け合ってください」
「えっ、ちょっ!」
剣斗君が軽やかに店の玄関のところまで、俺につかまってしまわないようにと逃げた。そして振り返って、ニコッと笑った。
「仰木、すげぇ楽しそうでした」
「……」
「俺にイルミどこでやってるんだって、けっこう詳しく聞いてくるから何かと思ったけど」
「……」
「なるほど、って、そんじゃ」
お疲れ様っす、そう言って、剣斗君が玄関扉を開けると、カランコロンとベルが楽しそうな音を立てた。
「……ちょ」
蜜柑って、イルミって、何を言ってるんだよ。そんな、仰木君は君のことが好きなんだって。俺みたいな、遊びでセックスするような、そんなつまらない大人になんて、彼は見向きもしないってば。きっと、本当に蜜柑だけもらって帰っちゃうってば。
――カラン、コロン。
今度はそっとベルが鳴った。
音の響きで、それが、違うってわかってしまった。
「……ちは」
それが、彼だと。仰木君だと、わかってしまった。
「こ、こんばんは」
ベルが鳴ったから、かな。警報音は胸のところで鳴ることはなくて、代わりに、高鳴ったんだ。
彼に、俺は、胸がときめいて、しまった。
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