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「ひねくれネコに恋の飴玉」 17 既読

「京也さん、お土産、何がいい? 酒? つか、俺、もう酒飲めるから、今度飲もうよ。俺の地元の酒、日本酒なんだけどけっこう美味いらしい」  飲んだことはないけどさって、靴を履きながら君が笑って、立ち上がった。 「蕎麦とか漬物とか、あんまでしょ?」  そんなことないよ。お蕎麦にお漬物、最高じゃん。けっこう好きだよ? 「あとは……なんかあったっけか」 「……ごめん、ほぼ寝てないよね」  地元の特産品を思い出そうとしているのを邪魔して謝った。日中は大学で課題の製作をしてたって言ってた。そのあとうちの店に来て、それからそのまま俺に誘われてさ。ちっとも寝てない。俺が、寝かせてあげられてない。だから、ごめんね。 「ねぇ、やっぱりタクシー呼ぼ、っ……ン、ん」  言い終わらないうちに、今度は柚葉のキスに邪魔をされた。自転車があるからタクシーは呼ばないでいい、でもタクシーのほうが断然早いに決ってる、だから呼んだほうがいいよ、そんな押し問答をつい五分前にもしたばかり。けどやっぱりタクシーのほうがいいと思うんだ。寒いし、今から帰って、すぐに荷物持って駅に行く感じになるんだろうから。それなら。 「……さっき、すげぇ、ちょっとテンション上がった」 「柚葉?」 「京也さんが余裕なしで誘ってくれたのも」 「!」 「それと、男物の着替えとか、なかったのも」  キスで言葉を遮られて、代わりに言われた告白。 「それってさ、つまり……この部屋、あんま、入った奴いないのかなぁ……」 「!」 「なんて思った」  笑って、キスをもう一度したいと思った俺の唇に触れるだけのおまけをくれた。 「京也さんの服しかなかった」 「き、着替えなんて」  荷造りする時間ある? なんて心配してた時、その会話の中で泊まっていってここから実家に行ければなんて話してた。でも、着替えがないからどうしたものかと考えて。脱いだものは洗って時間内に乾燥機で乾かせるけど、その間、裸になってしまう。風邪、引いたら大変だし。それで結局素直に一度帰宅してからのほうがスムーズだって話にまとまったんだ。 「な、ないよっ」  もう、冷たくない。うなじを引き寄せた柚葉の手も、キスをして俺の提案をことごとく却下する唇も、もう冷たくない。 「着替えなんてっ、ないに決ってるじゃん。な、なんで、ワンサイズ大きいのなんてなんで持ってなくちゃいけないんだよ。それに、柚葉が着れないだけ、じゃん? あのね、俺はっ」  俺が柚葉をあっためられた、なんて嬉しくなってる。 「京也さんの細さなんて、ふつー、誰も入らないでしょ」 「ちょ! 人をもやしみたいにっ」 「綺麗だってことだよ」 「っ」  言いながら不埒な手が、その細いらしい腰を撫でる。さっき、セックスしていた時、腰を打ち付ける度に上にずり上がりそうになる身体を引き寄せたのと同じ大きな手。柚葉の手。ただ、その手に触れられただけで顔が熱くなる。 「なに、言ってんの……柚葉」  綺麗だなんて何度も言われた言葉なのに。何度も囁かれた台詞なのに。どうして君の声で、君の表情で言われると、こんなへたくそな返事しかできなくなるんだろう。 「ねぇ、京也さん……」 「あ! ごめっ、始発! あー、もう、ごめん、本当に、早くっ」 「やっぱ、タクシーで帰る」 「うん、そうして、そんで、待ってて。今、タクシー呼んで」 「そんでさっ!」  もう充分のあったまった柚葉の手がまたうなじを掴んで引き寄せた。 「……チャリここに置いておいてもいい?」 「……え?」 「俺、一応、三が日はいないとだから、四日に戻る。それまでここに置いておくって、できる?」  あったまりすぎたのか、柚葉の手、指先は熱いくらいだ。熱っぽくて、その熱がこっちにも流れ込んでくる気がする。ほら、だから、俺の頬も熱くなる。 「帰ってきたら、ここ、来ていい?」 「!」 「チャリ、取りに四日」  ね? 熱いでしょ? 額をあわせてるから、きっと君には笑ってしまうほど鮮明に伝わったはずだ。だから、顔覗き込まないでよ。見えちゃうじゃん。知ってるだろ? 今、絶対に顔が真っ赤なんだ。鏡なんて見なくてもわかってしまうくらい、自覚できるレベルで赤面してのに、嫌がる子に悪戯を仕掛けるガキんちょみたいなことしないでよ。「ね?」なんて甘えた声で覗き込まないで。 「ど、どうぞっ」  もう観念して、ちらりと視線を目の前の悪戯好きなガキに向けた。 「……やば」 「は、何がっ」 「今の京也さん、可愛すぎる」 「はっ、何っ」 「四日まで、今のあんたの顔、オカズに耐えるわ」 「はぁ、何を」  ガキ相手にガキレベルの単語しか出てこない大人なんて、からかわれるだろ。は、何、それを途切れながから返すのが精一杯なくらい、今、これから数日会えない恋人のことがもうすでに恋しくて困ってるんだから。 「良いお年を……京也さん」  そう言って、玄関を閉める恋人のことがたまらなく恋しくて、切なさを感じることに、大人の俺は困り果てていた。 「……バカ」  たかが数日。一週間程度離れているのなんて、普通でしょ。成人済み社会人男性がそんな四六時中恋しさを募らせるなんて、映画でも嘘くさいって笑われるよ。  仕事があるんだよ。  大学があるんだ。  友だちだってたくさんいて、酒の付き合いだってある。恋人と一週間会えない? はい? そんなの普通でしょ。  ――京也さん、寝てる?  ――寝てないよ。っていうか、寝なよ。  ――無理、寝らんねぇ。隣が多分、スキーに行く学生だった。すげぇうるせぇ。テンション超たけぇ。 「っぷ、そりゃ災難ですな……」  ――京也さんこそ、寝ないの?  ――今、ベッドの中。  嘘だよ。今、ソファのとこに座ってる。  ――羨ましい。  ――ふふふ。いいだろー。  君がいたソファの上にいて、君を思い出して、恋しくなってた。  ――すげぇ、隣のスキー? スノボー? 恋愛トーク始まった。 「おー、それは、楽しそう」  ――なんか、好きな子がいるらしいけど、その子は全然自分のこと恋愛対象って思ってないらしい。  ――がんばれー学生。  ――告ったらしいよ。 「お、やるねぇ」  ――けど、スルーだったらしい。 「そりゃ残念」  ――相手にされないって。俺みてぇ。 「はい?」  ――相手にされないただのガキ。 「……」  そんなわけないじゃん。むしろ、そう思ってたのは俺だけど? 相手にされない年上の部外者、だって。  ――帰ったら、寝ていい? 京也さんのベッドで、すげぇ、したい。 「寝るってどっちの意味で使ってんの。バカ……お隣の学生さんに読まれちゃったらどうすんの」  ――あんたと、したい。  ――待ってる。  そう返した。すぐに、そう返したら、すぐに、その隣に「既読」のマークがついて、しばらくしてから、柚葉から「すげぇおあずけ長すぎ」って苦情が返ってきた。

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