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「ひねくれネコに恋の飴玉」 18 まさかの、電話
独身貴族、しかも、帰省はしない。となると、年末年始、けっこう暇なんだよね。大掃除たって、大きなお屋敷じゃないんだから一日もかからない。そもそも家にあまり物をたくさん置くほうじゃないから。
「あーうん、俺、年末年始は忙しくてさ、地元帰らないんだ。うん。そう、俺、企業起こしててさ。よく知ってるね。あぁ、そっか、あはは、ごめんねー。地元の集まり出たいんだけどさぁ」
一応、そんなふうに返して電話を切った。
「……はわぁ」
そして、途端にあくびがひとつ出た。まぁ、あんま寝てないからね。柚葉とは二時間ほぼメッセージのやりとりをして、そこから連絡は止まってる。きっと親御さんが迎えに駅まで来て、その車で実家に戻ってからは、ばたばたと忙しくしてるんだろう。
柚葉の隣に座っていたらしいスキー? スノボー? の学生さんの恋愛相談は告白をスルーされたっていう彼の会話を逐一報告してくれていたけれど、途中から、その学生の恋愛相談と柚葉の片想いを重ねて、色々話されちゃって、会話は逸れていってしまった。
「……」
ズルイんだ。柚葉はさ。
――俺みたいなガキなんて眼中にないんだろうなぁって思ったよ。こんな綺麗な人は俺なんてただのガキだろうし。
文字って、残るのにさ。
――高嶺の花、だったし。
何度も読み返しちゃうじゃん。
――今でもそう思ってるよ。高嶺の花だって。だから、誘われて有頂天だったし、今、こうして話してるのもテンション高くて笑いそうになるし。
「……もう」
柚葉がご実家でご家族と過ごしてる間、ずっと、一人の部屋で読み返しちゃうじゃん。だから、少し気分転換兼ねて外に出ようかなって。
「……かっこいい自転車」
ちっとも見てなかったけれど、柚葉のチャリっていうかマウンテンバイクだ。カッコいい無骨な感じに黒ベタの車軸が柚葉っぽい。
「……どっちが」
君みたいなカッコいい男がなんで、遊んでばっかの節操無し男なんて相手にすんのかわからないよ。高嶺の花? それは、こっちの台詞だ。
「盗まれちゃいそう」
鍵、つけてあるけど、でも、こんなんマンションのポーチになんて置いておいたら、ちょっと危ないよね。
鍵を開けて、うちのベランダに置いておこうと思った。そっちだったら、誰かに見られることもないし。
「って、重っ!」
無骨なフォルムだけのことはある。俺も、細いけどけっこう力あるんだよ。本革って、小さくカットしてあれば別だけど、それなりの重量あるから。剣斗君だって最初運ぶのにてこずったくらいなんだから。裁断するのも力いるし。それなのに、これ、重すぎでしょ。
それをよろけながら運んでた。柚葉の腕とか、肩の筋肉を思い出しながら、骨っぽくて筋肉質で、作業台の上だろうと、ソファなんて窮屈なところだろうと、俺を持ち上げて抱くことのできる力強い腕を。
その時だった。
出掛ける間際だったから、コートのポケットの中に入れておいたスマホが鈍く振動した。
そして、スマホの画面を見て、少し戸惑った。
「……」
実家から、だったから。
「…………」
あー、もう。
「……」
諦めて電話を切ってくれるのを待ってみた。だって、年末年始は帰省しないって連絡なら母にしておいてる。毎年、それで済んでた。だから今年もそれで済むでしょ。そう思ったのに、今年はそれじゃ済まされない?
困った。
そう思った途端に電話が切れて、ホッと――。
「! ……んもおお!」
できなかった。これは、きっと出るまで鳴らされると思う。絶対に、そう。もうそれなら観念するしかない。電話にとりあえず出て、仕事が忙しいんだって、言うしかない。それの一点張りでいくしか。
「……はい。もしもし」
できるだけ低い声で、もう何の要求にも応じない断固とした決意を声にも滲ませて。
『やっと出た! 京也! ねぇ、大変なの。お父さんがっ』
「!」
父が! そう電話を寄越したのは、母だった。
――お父さんが作業中に切断機で指を!
母の話は途中から、あまり聞いていなかった。聞こえていなかった。とりあえず、そのまま、自転車を玄関内に置いて、慌てて、鍵だけ閉めたのは、覚えてるけど。そこから先は急いでたから。
「かあさん!」
とにかく急いでたから。
「父さんはっ!」
「……おぉ、おかえり」
「……とう……さ」
「あらぁ、すごい、飛行機乗れたの?」
「…………父さん?」
なんだっけ。えっと、お父さんが作業中に裁断機で指を。
「あ、お父さん、お会計済ませましたよ」
「あぁ、ありがと、いててて」
「ちょっと、指、ちゃんと繋がってますか?」
指を切ったって。
「繋がってるよ。怖いこと言うなぁ」
「やだぁ、だって、あーんな血がぶわーっと出るから。シートに垂らしてない?」
「あー」
「ちょっと、新車! 買ったばっかりなんですけど!」
「えー? お父さんより新車の心配?」
切ったって…………その右手の人差し指の包帯のこと? あと、親指の包帯の、こと?
「そりゃ……もちろん…お父さんよお」
「あ、だんまり」
その、イテテっていいながら、腰を押さえてる手の包帯のこと?
「お父さんに決ってるじゃない」
「……だんまりだったのに?」
「ねぇ! ちょっと!」
切ったのって。
「ねぇ! おい! ふたりとも!」
指、吹っ飛んだとかじゃないんですか?
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