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「ひねくれネコに恋の飴玉」 21 チクタクチクチク

「そう、だから、今から飲み会、急遽だからそんなに人も集まらないだろうし、実家いてもね」 『そっか』  駅まで歩きながら、今、柚葉と電話してた。急に飲み会になったんだってメッセージを送ったら、電話が来て、ちょうど家を出るところだった俺はそのまま話しながら駅へと向かってる。 「柚葉は?」 『あー、俺はもう暇で死にそう』 「飲み会とかは?」 『三日にあるっつってたけど、四日に帰るから』 「……うん」  行ってくればいいのに、とは言えなかった。久しぶりの帰省でも夜の飲み会に送り出す母みたいにはできなくて、ちょっと、笑っちゃうよ。交際したての子どもみたいだ。 「自転車、うちの中に入れてあるよ」 『え?』 「だって、あれめっちゃいい自転車じゃん」 『あぁ、別に』 「待ってる、ね?」  そこで無言とか、ちょっと、切なくなるじゃん。たかが一週間程度会わないなんて、普通だよ。それが社会人ともなれば当たり前な頻度なのに。 「それじゃ、駅着くから」  君とだと、ちょっと切なくなる、 『気をつけて』 「はーい」 『……』 「またね」  電話を切りたくないって思うのは、きっと、柚葉だからだよ。  チクタクチクタク、時計が時間を刻むように、君がいない時間を噛み締める。 「なんか、宇貝、おっしゃれー、やっぱ都会暮らしは違う感じがするー」 「いや、変わらないでしょ。こっちだって駅ビル大きいのあるじゃん」 「違う! 駅ビルと、駅の周囲まるごとお洒落な町は、色々違う!」  元旦なのに、いや、むしろ元旦だからかな。地方だし、まだ半数くらいが未婚だからか、独身者の気軽さがあるのかもしれない。結構な人数が集まっていた。  チクタクチクタク、時間が動いて、すぎていく感じ。歌詞でありそうだ。君がここにいないことに違和感すら感じそうになっている、とか。会いたい、とか。声が、聞きたい、とか。切ない感じの歌に、ありそうだなって思いながら。皆の話にまざりながら。チクタク――。 「お連れ様、一名様いらっしゃいましたー」  急遽な飲み会は来る人も時間にバラつきがあった。さっきも、二つ上の先輩なんだけど、この会を仕切っていた佐藤と同じ部活だった人が来ていて、これはこれで楽でよかった。同期会じゃなくて同窓会、になるのかな。とにかく同じ学校、同じ地元っていうだけの集まりだから、知らない人もいる。こっちのほうが目立たないしフェードアウトもしやすいかなって。 「一名様、こちらでーす」  続けざまに参加者が。 「うわー! お久しぶりでーす! 福谷せんせー!」 「おい、先生じゃないっつうの」  参加者が、入って。 「あはは。でも、俺、教えてもらってたもんねー教育実習ン時にー」  なんで、壮介が。 「宇貝、覚えてる? 教育実習のさぁ」  覚えてる、なんてものじゃない。  なんで、ここに壮介が。 「すごいイケメン! って女子の間ではすごかったんだよー!」  今でも普通にかっこいいよねぇ、そう話す女子の声をどこか遠くで聞いていた。 「……久しぶり」 「!」 「覚えてる? 俺、君に数週間だったけど、教えてたことがあるんだよ。福谷壮介」 「……」 (なんちゃって……久しぶり。京也) 「っ!」  爽やかな笑顔は変わらなかった。それと、こうして耳元で囁く声も昔と同じだ。 「壮介」 「ここじゃ、福谷ね」 「……」 「京也は変わらないね」  笑顔は少し、渋さが増した気がした。 「なんで、ここに、壮介が」 「んー? だって、俺の地元だよ? 教育実習で行ったのだって母校だったからなんだし」  そんなの知らなかった。聞いてない。教えてもらってない。 「京也がいるって聞いて、今日、来たんだよ」 「!」 「会いたくて、さ」  大好きな、人だった。  俺の初恋の人だった。  俺はゲイで、周りは皆、女の子に好意を寄せているのに、俺がドキドキするのは隣で笑っている友だちで。ひとりぼっちだった。誰かを好きになりそうになる度に慌てて、出来上がりかける気持ちに蓋をして、壊して掻き消してきた。  ――夕陽よりも真っ赤だな。京也。  初めて、消さなくていい相手だった。 「あー! 福谷せんせー!」 「だーかーら、俺は先生じゃないっつうの」 「そんなこと言っていいんすか! 俺! 福谷の直属の先輩っすよ!」 「おー、先輩、ありがとうございます」 「いや! 先生じゃなくて、福谷のー!」  俺も福谷じゃんって、壮介が笑って、持参したビールジョッキに口をつけた。飲み干すたびに動く喉仏、ジョッキを鷲掴みにする骨っぽく大きな手、高そうな腕時計。 「あれぇ? 福谷せんせーと、宇貝って知り合いですっけ?」 「は? お前、相当酔ってるだろ。教習の時の生徒だろうが、お前もお前も、あと……宇貝も」  笑った顔は同じだけれど、そのまとっている雰囲気はあの時よりもずっと大人になっていた。貴方は教育実習生で今の俺よりも若くて、俺はまだ子どもで。 「宇貝も生徒だよなぁ?」 「……」 「俺の弟が、こいつ、佐藤の部下なんだよ。今日は彼女と初詣に行ってて来てないけどな」 「そんでー、まぁ、弟繋がりで、このイケメン兄福谷せんせーとも懇意にしていただいておりましてー」 「お前、敬語とタメ口混ざってるぞ」  俺は、この人に恋をして、溺れてしまうほどに幼い子どもだった。 「ほら、宇貝も飲め飲め」 「……」 「そだー! お前も飲め飲めー! 明日都会になんて帰らせないぞー! っていうか! 福谷弟、彼女いるんすか! 俺! 聞いてねぇ!」 「……帰るんだ」 「……え?」  ごちゃごちゃになるから、やめてよ。あっちこっちに話を振らないでよ。今、壮介で話してるの? それとも福谷せんせーで話してるの? 「明日……帰るの?」  そう低い声で囁いた声は覚えている。  ――あ、ン……壮介ぇ。  そして、なぜか、甘い声でなく幼い初恋に溺れた誰かの声がした。

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