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「ひねくれネコに恋の飴玉」 23 好きの密度
不器用っていうか、ダサいっていうか。とにかく、色々下手だよね、俺。まさかのバッテリー切れとかさ。
忘れてた。朝から親戚が集まってバタバタしてて、初詣に写真撮りまくってたっけ。バッテリーなくなっちゃったじゃん。
「……はぁ」
田舎ってさ、タクシーがいる時間帯っていうのがあるのよ。基本駅には電車が来る時間帯にしか停まっていない。忘れてたけど。その時間帯以外は駅に停まっていても乗客はいないから、そもそも待機していない。時間の無駄だし寒いから。で、その時間帯以外にタクシーを捕まえるのは至難の技でさ。普段は歩いてれば、回送のタクシーに遭遇できるけど、ここはそういうのないからさ。電車の時間帯に合わせてタクシーも動いてる。実家までの長い道のり、人一人見かけないような田舎だもん。そりゃタクシーも流し運転しないでしょ。
「……バカ」
俺がね。
本当だよ。だからきっとコタツでこんなふうに不貞寝したって風邪なんか引かない。大バカだから。そしてまた溜め息を零しながら、充電中のスマホを睨み付けた。
もう電話できるけど、さすがに寝てるでしょ。夜中の四時なんて
柚葉は変に思ったかな。思ったよね。飲みに行くって言って、音沙汰無しで、あの電話があったのが十二時ちょっとすぎだった。そろそろ同窓会はお開きですか? って伺うような時間帯だった。それで繋がったと思ったら、ブツッと切れて、かけ直しても音信不通。まるで電源を切ってしまったみたいに、って、本当に電源が切れたんだけど、そこから繋がらない。
もしかしたら、同窓会、懐かしさと酔いと、あとなんかしらの雰囲気でそのままなし崩しに……なんてことを思われてたら。
ありえるよねぇ。
昔の、大昔の俺だったら可能性ゼロじゃないモン。恋愛なんて、した瞬間、腹下すに決ってるって思ってた頃のヤリチンだった俺なら、ありえたことだもん。そんで――。
「……」
柚葉にはバレてるもん。昔、遊んでたって。上海男のせい、じゃないか。自業自得か。
「……バカ」
本日何度目かの罵声を自分に投げる。
静かだ。ほら、車の音一つしない。
――キキー……。
なんだろうね。今、たった今、何の音もしない無音の世界に俺はひとりぼっちだーなんて、アンニュイな気分になりかけた途端に外で音がするんだもんね。
「……ダサ」
そう自分に呟くと、そうだねって返事をするようにバッテリーを充電している最中のスマホが振動した。
今が一番の活躍の場です! ってくらいに、この静まり返った家族団らんのリビングでうるさいくらいにブブブ騒いでる。
画面には柚葉の名前があった。
「も、もしもしっ」
『……寝てた?』
柚葉だ。
「寝てないっ。あの、さっきのはっ」
『ごめん。今、京也さんの実家んとこにいるんだけど』
柚葉、だ。
『もし……』
柚葉だっ。なんで? なんでなんでなんで? 今実家って、ここに? ねぇ、今、ここに。
玄関から飛び出したら、電話越しの少しザラついた声と、直接耳に優しい声が、重なって聞こえた。
「もしも、その、少しだけでも」
「!」
ねぇ、ねぇ、なんでここに。
「顔だけでも見たくて」
ここに、君が、いるの?
「……京也さん」
電話越しでも、文字でもなく、直接耳に触れる君の声に、今日、いや、今年一番の大粒の涙がぽろりと零れた。
「ごめん、その、急に」
「お茶、あの、どうぞ」
「……」
変な感じ。柚葉がうちの実家にいるなんて。
「あの、親父さんたちは?」
柚葉は親父呼びなんだね。男らしいー、カッコいいー。
「寝てるよ」
「そ、だよね。ごめん」
「ね、あのっ、柚葉っ」
なんでここに? そう尋ねようと思った俺の頬に柚葉の指が触れた。
「けど、どうしても会いたかった」
「……! そ、そだ! 電話、電話が切れたのはっ」
酔って流されて、とか、それと音信不通にして浮気とか、そういうのじゃないんだ。ただ、バッテリーが本気でなくなっちゃって、タイミングがタイミングだったから信じてもらえないかもしれないけど、でも――。
「電話、たまんなくてかけた」
「……え」
「我慢してたんだ。電話されるのウゼぇじゃん。せっかく地元で楽しく飲んでんのに水差すようなこと」
今何してる? 誰といるの? ねぇ、会いたいよ。声が聞きたいよ。ねぇ、ねぇ。そう思ってたのは、俺なんだ。離れると柚葉のことばっかり考えてしまってた。
「けど、やっぱ我慢できなくてダメ元で電話した」
「……そしたら、切れちゃったの」
柚葉が、フッと笑って、額の辺りを指先で引っ掻いた。
「そこで、あ、水差したとか思ってやめておけばいいのに、なんでかさ」
「……会いたかった」
「……」
「柚葉に、すごく、会いたかった」
年上の、高嶺の花設定なんて、不似合いなほど君のことばかり考えてた。けど、しょうがないじゃん。だって、初恋もちゃんとできないようなそんな不器用極まりない大人なんだから。
「すげぇ、声」
「! こ、これはっ」
酒焼けして、掠れてしまっただけならまだマシだった。しゃくりあげるほど泣いたせいか、少し鼻にかかった声で、そして歩き疲れてるのか、ふにゅふにゅと力の入らない、変な声。
「泣いた?」
「!」
「なんか、あった?」
あったけど、なかった。違うんだ。本当に何もなかったんだ。恋も好きも、なんもなくて、空っぽだったって知ってしまっただけ。あの人のくれた言葉も気持ちも、嘘で、空っぽだっただけ。
あんなに信じてた言葉だったのに、あの人の「好き」ってあんな音だった? 振ったら、カラカラと乾いた音がしそうなくらいになにもなくて、そこにはガラクタのような「もの」が転がってただけだった。
「なんもないよ。ただ」
「……」
今はもう知ってる。
「柚葉が、好きなだけ」
好きって言葉の響きを知っている。
「俺も、京也さんが好きだ」
その気持ちを、感覚を知っている。
「……柚葉」
本当に優しいものを、本物の熱を、本物の好きを、年下の君からたくさん教えてもらった。今も。
「柚葉」
今も教えてもらってる。指先で、告白で、この、キスで。
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