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「ひねくれネコに恋の飴玉」 27 ザ、王道
デートって、いうの、したいんだ。映画見て、ウインドウショッピングして、ランチして、ブラブラして、カフェでお茶するみたいなのでもいいし、もうとにかく王道って言う感じのデートがいい。今だと、インスタ映えを狙ったスポット巡りとかが若者の間では流行だったりする? たかーい展望台とか登ってみる? 水族館で海月とか眺めちゃう?
なんでもいいよ。
柚葉とデートがしたんだ。
高級車を少し走らせて、高級レストランで美味しいお酒に美味しい料理、そのまま上の階の部屋へと……なんて、いうのはいらない。
駅で待ち合わせがいいな。二人で電車に乗って、他愛のないデートがいい。
ありきたりな、誰もがするデートがしたい。スパイスもスリルもなくていい。上等なのじゃなくていい。ただ、好きな人とすごす楽しい一日、がしたい。笑って、めちゃくちゃ話して、手を繋いで、キスをして、恋を楽しむ一日。
「……えー、柚葉が先にもう来てた」
「……」
「待った? って、言われたかったのに。残念」
デートのスタート地点は駅の前、ロータリーのところ。三十分も早く来たのに、もう君がそこにいた。これじゃ待ち合わせから一時間も早い開始になっちゃうよ。
「柚葉?」
「……」
「あ、あの、なんで黙ってんの?」
「……何してんすか、京也さん」
「は?」
あと少しで大概の学生にとっての冬休みが終わる。だからそんな一日を楽しもうと駅前はまだ午前中のうちから人がごった返していた。たぶん、駅ビルのお正月セールを狙ってるんだろう。けど、うちらはこれからセールじゃなくて、遊園地デート。
「なんで、そんな可愛い格好してんすか」
「え? だって、デートじゃん。へへ。可愛い? ダッフルコートが似合う社会人ってそういないと思わない? ねぇ、しかも、一人で会社経営しちゃう系社会人で、ダッフルコートだよ?」
すごいでしょ? って、少し鼻先を上に向けて笑って見せた。柚葉は溜め息をついて、頭を抱えてる。少し厳しい顔をする時は眉尻がきゅっと上がる凛々しい眉をくにゃりと下げて、小さく笑う。
「行きますか?」
「うん!」
白とか赤とか、さすがにその辺のダッフルコートはね……だから深緑色をした落ち着いた色合いにしたんだ。パンツはスリムタイム。靴はたくさん歩くだろうから、ドレスシューズはやめてみたりして。
「あ、そうだ!」
「京也さん? 何か忘れました?」
「柚葉は! カッコいいよ」
「……」
立て襟の黒いジャケットコート。生地は固めで、肩ベルトがあるからかあまりごつくなく洗練された感じ。黒い、こちらもスリムなシルエットのパンツの黒の靴。全身黒だけど、重たく見えないのはきっと柚葉のスタイルの良さだよね。
すごくカッコよくて、俺のダッフルとちょうどいい感じ。ちょうど、年も近く見えそうかなぁなんて。
「……あざっす」
「照れてる」
いや、照れてないっすよ。きっとそういって、仏頂面だ。それで可愛いーって俺が年上らしく君のことをからかってあげよう。今日は少しテンション高いんだ。デートに浮かれてる。
「照れますよ」
「……」
「好きな人にカッコいいって言われて照れないわけないじゃないっすか」
やだ。もう。
「行きましょう。京也さん」
今すでにときめいた。
「遊園地デート」
まだデート開始五分くらい? なのに、もうときめいてしまった。ねぇ、今日一日ずっと一緒にいるんだよ? こんなのもちそうにないんですけど。何その素直な答え。もう少しひねくれてよ。もう少し子どもっぽくなっててよ。男って感じに笑わないでよ。始まったばかりなのに、もうすでに、蕩けそうになっちゃうじゃん。
「京也さん、寒がりでしょ?」
「……」
「手、繋ごう」
もうすでに、蕩け、ちゃったじゃん。
君は知らない。ねぇ、これね、初めてなんだ。こういうまともなデート? みたいなの、したことないんだ。誰ともしたことない。いつだって恋愛上級者のフリをしてた。地元は田舎で、あのとおり、家には絶対に親がいたし、外歩いてたら誰かしらが「あぁ、あそこの京ちゃん」って俺のことを知ってるからさ。壮介と付き合っていた頃は人目を気にしてたから、デートはいつだってドライブで遠出。ドライブって言えば聞こえはいいけど、大概、市外のはるか遠くにあるラブホに直行だった。それでよかったんだ。初めて好きっていう気持ちを叶えられただけで嬉しくてさ。ただ会ってセックスして、はいさようなら、それでも嬉しかったんだ。
別れた後は、それこそ……ね。恋愛、しなかったし。
辛くなりたくなかったから。
手を繋ぐだけで満たされるような、微笑まれるだけで胸の辺りが締め付けられるような、好きな人と観覧車に乗るだけで、ただ高いところをゆっくり回るだけで、心臓が騒がしくなるような恋は。
恋は、しなかった。
「あー楽しかったぁ」
今は、恋をしてる。
「写真って最近レアだよね」
柚葉と、恋をしてる。
「今ってみーんなデジタルだもんねぇ。色、褪せちゃうかな。あ、写真立てとか、今度革の余った切れ端で作ろうっと」
写真、こういうプリントアウトされた写真って手元に置きたくなかった。形に残したいと思えなかった。壮介の写真を一枚持ってなかったんだ。そういうの好きじゃないって言われたし、きっと証拠を残されちゃ困るって思ったんだろう。教育実習の最終日、女子に人気の高かった壮介は写真をたくさんの子からせがまれてたけど、俺は「撮らせてください」っていう隙すら与えてもらえなかった。まぁ、そうだよね。どう考えても遊びすぎた壮介は熱量半端なかっただろう俺の気持ちは邪魔、だったはずだ。
「それにしても柚葉、すごいね。微動だにしないとか」
ジェットコースターから落ちたところを激写した写真。一枚千二百円と高いんだけど。でも、買っちゃった。記念にいいでしょ。
「笑っちゃうね。うける。俺、変な顔してるー」
大あくびした時の母にそっくりな顔してた。ってことは、俺もこういう顔を大あくびの時にしてるってこと? いやいや、これ、モザイクレベルでしょ。目元を黒い太線で隠すくらいじゃ全然足りてないよ。放送禁止レベルだもん。
いつも、すましてた。綺麗な顔に細身の身体、そこら辺の男になんて引っかかってやらない。気軽に声をかけられたら、突っ返すくらいの勢いで。
「ブスすぎるけど」
「……ブスじゃねぇよ」
「……アハハ、ありがとー。でもさすがにこれは、うん。落ち込んだ時にはこれを見て笑おう」
「落ち込んだら、俺が慰める」
「おーそれいいねー」
「京也さん」
ブスだけど、モザイクレベルだけど、母の大あくびした時にそっくりだけど、宝物にしようっと。
「んー? なぁに?」
「俺がいる」
「……柚葉?」
君との初デート。
「京也さんの実家で見てたじゃん。裁断機」
「……あー、うん。まだ先だけどね」
「メンテ」
「そうそう、メンテとかさぁ、俺苦手で」
「俺がする」
機械系てんでダメなんだ。そういうところは母にそっくりだ。いや、あの大あくび顔もだけどさ。
「俺、機械系の大学行ってるから平気」
「え、あの」
「俺が機械のメンテするし、在庫の管理だってする。あんたの仕事を補佐する」
「ちょ……あ、あのね。まだ、そこまで」
大学の空いてる時間でのバイト程度なら剣斗君に手伝ってもらってるから平気だし。って、まぁ、彼も就職するだろうから、そしたらまた、片手間で手伝ってくれる人は雇うかもしれないけど。でも、君が大学卒業した後の就職先がバイト枠じゃダメでしょ。
「機械のメンテだけじゃない。ずっと一緒にいる」
「……あー、えっと」
「あんたの隣にいたいんだ」
恋もデートもしたことなかった。上手に振舞えば振舞うほど、そういうのから遠いところに自分がいた。気がつけば手なんて届かないほどに遠くなってた。
「落ち込んだら、泣きそうだったら、俺が隣にずっといるから。その写真じゃなくて、俺があんたのこと笑わせるから」
「……」
今はね、恋をしてるんだ。君が好き。ただ真っ直ぐに、この気持ちを持っている。
そして、その君が俺を真っ直ぐに見つめてる。
「ずっと、あんたのこと笑わせる」
「!」
引き寄せられて、そして、息ができないくらいに強く、抱き締めてくれた。痛いくらいに、苦しいくらいに、この腕の中に閉じ込められた。
「えー……けど、写真、笑いのネタに買っちゃったよ」
ほら、苦情が柚葉の胸に吸い込まれてしまうくらい、きつい腕の中。
「素直じゃねぇ」
「う、うるさいなぁ。年下の大学生のくせに」
「けど、誰よりあんたのことが好きだよ」
「……」
ただ、君が真っ直ぐに俺を想ってくれるから。
「ひねくれてるとこも、強がりなとこも、不器用なとこも全部……好きだ」
その真っ直ぐさがたまらなくくすぐったくて嬉しくて、じっとしてられず、背中に回した手にぎゅっと、強く、力が篭もったんだ。
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