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柚葉(攻め)視点(ひねくれネコ番外編) 2 情けない

「あ! 仰木! 京也さんどうだった?」  今日は朝から作業場で部品加工の授業が入ってた。俺は剣斗と組んでモーターの部品をとにかく作ってる真っ最中。設計も自分らでやったから、たまに不具合も出たりするし、加工も慣れるまでは一苦労で、朝から作業ができる日はありがたかったりする。 「あー、試作で積んでた」 「そうだったんだ」 「あの人、仕事に没頭すると飯とか食うのすぐに忘れてるから餌付けして帰ってきた」 「……」 「なんだよ」  じーっとこっちを見て。 「本当にかぁ?」 「あ?」 「だって、お前、Tシャツからはみでてる、なんか、引っ掻かれてるけどお?」  お前はどこのスケベ親父だよ。 「うっせぇよ」 「ぁだっ、ちょっ、おまっ、やめろよ」  オルバの金髪をわざとくしゃくしゃになるように頭を小突くと剣斗が慌ててた。 「ほら、帽子被れよ。教授が来るとうるせぇぞ」 「へいへーい」  剣斗は渋々帽子を被りながら、ガッチガチに固めたオルバで帽子被る必要ねぇじゃん、と屁理屈をこねていた。 「なんかさ……最近、仰木、気合い入ってんな」 「? 何に」 「んー、なんか、前はもっとこう、だるそうに金属加工の実技とかやってたじゃん」 「……」 「けどさ、今はなんか、こう、真面目っつうかさ。講義も大体前の方で聞いてんじゃん」 「あぁ」  今までは後ろの方で聞くだけだった。ダルいっつうのもあったけど、その方が教室出るのがサッと出られるから便利だろ。別に前で聞こうが後ろで聞こうが内容に変わりがあるわけじゃない。実技はまぁ……そりゃ、だるいだろ。疲れるし。けど今は――。 「役に立つからな」 「?」 「あの人の」  今、やってる勉強全部、京也の役に立つだろうから。 「へ?」 「なんか、革とか裁断する機械が欲しいつってたし、そしたら機械メンテとかできる奴必要だろ?」 「え、なに、お前、えぇ? もしかして」 「いーから、ほら」  きっと他にも勉強しないといけないことはたくさんある。 「加工の続き早く済ませて組むぞ」  あの人の隣に立てる男になるためには、やらないといけないことが山ほどあるんだ。  工房には扉の左右に窓がある。その片方からは京也の作業している様子が外から見える作りになっていた。本人曰く。  ――だって、こんな美人が仕事してる風景なんて、最高でしょ?  なんだそうだ。  笑うと、笑ったなって怒って、むくれてたっけ。 「……」  その窓のところに京也がいた。  真剣な顔で、この間の続きみたいに、じっと、一時停止ボタンを押したまま止まっている。本当、そういうパントマイムか何かみたいに。少し長い髪を耳にかけて、ただじっと手元を見つめる整った横顔はあまりに綺麗で。 「…………! ちょ、おいっ!」  その手には革たちが握られていた。すげぇ太いカッターみたいなものだけど、持ち手の形が既に異様っつうか。すげぇごつい。それこそ、分厚い革を切るための道具だから、そのくらいの刃じゃないとダメなんだろうけど。裁断機や、レーザーカット機械は高価だし、自分にはそれをメンテする知識がないから管理ができないと、京也は持っていなかった。メンテに入っても、すぐに来てくれないのは面倒だと渋ってた。だから、刃一本で済ませられるのが簡単でいいんだと。 「京也!」  寝不足なんだろ。 「……ぇ、あ」  つうか、寝たのか? 「あぶねぇぞ。それ、指どころか手ぶった切るところだった」  寸前で俺が革たちを握る手を掴んだけど、ほぼ居眠りしながら革どころか自分の手ごと切るところだった。 「あ、ごめ……」 「あんたなぁ! 指でも手でも切ったらどうすんだ! そんな刃物で! カッターじゃねぇんだぞ!」 「! な、何もそんなに怒らなくてもいいだろっ」 「怒るだろうが! 神経までぶった切ったらどうすんだ!」  怒られたことに京也が顔を真っ赤にした。 「うるさいなっ、俺は仕事してんの! お気楽な学生の柚葉にはわかんないでしょ! こっちはこれで食べてんの!」 「仕事だっつうんならっ」  あぁ、情けない。 「仕事だよっ! これで俺は」 「立派な仕事だな。寝もしないで、それで作れる程度のものなんだろうが!」 「なっ! なんだよっまだ学生の柚葉には大人のっ」 「大人だ仕事だっつうなら、まずは自分の自己管理くらいしろよ」 「は、はぁ?」 「ひどい顔してんぞ。窓から丸見えだ」 「!」  本当情けない。 「もう今日はやめとけ」  どうせ、言ってもやめないんだろうな。 「そんじゃーな」  こんな情けないガキの忠告なんて聞かないだろ。 「……」  あの日、無理してんのなんて丸わかりだったのに。一日、飲まず食わずで仕事積んでた人を抱くような、わがままなガキの忠告なんて。  大事だっつったくせに、大事にしてねぇだろうが。  大事なら、宝物なら、食事と睡眠、とらせろよ。  それもできず我慢の効かない愚かなガキの言うことなんて、聞くわけねぇだろ。 「……くそっ」  吐き捨てた自分への悪態に、足元に転がっていた小さな小石を蹴って、こうしてまた苛立っている自分にイラついた。

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