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柚葉(攻め)視点(ひねくれネコ番外編) 3 どっかの口うるさい、うざいガキ

「っ、クソ」  加工途中でズレてただの金属クズにした部品をリサイクル箱へと放り込んだ。そんで、その拍子に指を少し切った。金属が変に圧のかかった状態でカットされてひん曲がって、ところどころバリがカッターの刃みたいになってたんだ。 「あっぶねぇなぁ、金属の塊放るなよな」 「……わり」 「っぷ、素直じゃん」  剣斗がニヤリと笑って、手の汚れを作業服のケツのところでパンパンと叩いて払った。 「怪我してんじゃん。今切ったの?」 「別に」  指先にほんの少し血が滲んだ。でも別にこんなの大したことじゃないと、作業服で雑に脱ぐって、そのままだ。 「気をつけろよ。バイキン入ると後で怖いんだぞ。つうか、ここ最近すげぇ不機嫌じゃん」 「……別に」 「また別にっつった」  笑いながら、俺の隣に腰を下ろして、これから加工する金属の塊をまるで野球ボールみたいに空へ放っては手で受け取って、また空へ放って。 「加工前でバリ取りしてあるわけじゃねぇんだから、怪我するぞ」 「今さっき、そのバリで怪我した奴に言われたくねぇ」  つい、そんな口うるさいことを言って、そして、苦笑いが溢れた。 「確かに」  確かにな。俺になんて言われても、だよな。 「仰木?」  剣斗がしていたみたいなことをもしも京也がしてたら即取り上げてるだろう。危ねぇだろうがっつって。大事な手を怪我したらどうすんだよってさ。口うるさくして、そんでウザい奴になってるだろう。年下の、学生の、生意気なガキのくせに。  最近、剣斗も京也のところにバイトに行っている様子はない。暇な時は呼ばれないからだ。一人で大丈夫かよって言いたくなる。飯食ってんのか? ちゃんと寝てんのか? 休憩挟まないと集中して仕事なんてできないだろうがって。仕事なんてしたこともない、学生のくせに。 「口うるせぇよな、俺」 「? ……別に、うるさくないだろ」  剣斗は手に持っていた金属の塊を入っていたカゴの中へと戻して、自分の手をじっと見てから、立ち上がり、またケツんところでパンパンと手を払った。 「俺、この前、喧嘩してさ、仰木んちに行ったじゃん?」 「あぁ」 「ガキ扱いすんなって怒ったけど、でも、嬉しかったよ」 「……」 「やっぱさ、誰だって、彼氏に心配してもらえるのって、嬉しくて、くすぐったいじゃん。あとさ」  手をぐんと伸ばして、加工作業で力んで縮まった身体で背伸びをした。 「今、お前、手切ったじゃん?」 「……」 「俺は、ただのダチだから、消毒しとけよーで終わり。お前も俺に怪我すんぞーって言って終わり。だから、仰木はいいんじゃね?」  何がだよ。 「さ、加工しねぇといけない部品は山ほどあるんだ。失敗作ばっか作ってんなよ」  剣斗はなんでか笑いながら、それ以上は何も言わず、加工しないといけない金属の塊を二つ。、やっぱりお手玉みたいに手に取って、自分の使っていた機械加工機へと楽しそうに歩いて行った。 「ったく、救急箱の中身、ほぼ使えねぇじゃねぇか」  そんな文句をこぼしながら、大学のすぐ近くにあるコンビニに向かった。絆創膏もろくすっぽ入ってない、なんか飲み薬とかもほぼ使用期限切れ。男しかいない工業系じゃそんなもんかもなと、仕方なく、講師の許可をもらって絆創膏を買いに来ていた。それとできたら消毒も。なんかいつのだよって消毒液使ったって効果なさそうだったから。  絆創膏と消毒、それから、いくつか飲み物を買って、コンビニを……。 「!」  出たところで、珍しい人と遭遇した。 「……京也?」 「!」  なんで、こんなところに京也が。 「こっ、これはっ、えっとっ」  顔色、良いな。声も、掠れてねぇ。 「よかった」 「は、はぁ? 何がっ、っていうか、連絡あれ以降よこさっ」 「元気そうで」 「!」  自然と伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。今、作業途中で、洗ってはきたけど、でもそれでも汚れはまだ残ってる。そんな指先でこの人に触れるわけにはいかないだろ。 「わり」  そう引っ込めた手をズボンの中にしまおうと。 「なっ! 何! この手!」 「ちょっ」 「バカじゃないの! なんでこんな傷だらけなのっ」  めちゃくちゃキレてる。 「あーあ、こんなとこも切ってんじゃん! もう、絆創膏とかないわけ。消毒とか、した? こんな汚れてるけど、これ! ねぇ」  汚れるぞ。自分でも俺の手汚れてるっつってるくせにお構いなしにベタベタ触るなよ。まじで汚れるだろうが。 「何持ってんの? それ! 絆創膏と消毒液じゃん! 早く手当しなよ! 何一緒にお菓子とか買ってんの? まず消毒でしょうが! ほら! 早く! それ!」  誰だよ。マジで。どっかの口うるさい、うざいガキみたいだな。 「バカじゃないの……」  バカはあんただ。あんたみたいに綺麗な人が、コンビニの駐車場の縁石になんて腰を下ろして、服汚れるだろうが。 「ほら、貸してよ」  機械油が染み込んだ手をベタベタ触って。 「ったく……傷だらけじゃん。どんだけ不器用なの」  不器用なのは、そっちだろうが。 「あーあ、こんなところも切ってんじゃん」 「京也」  コンビニで遭遇した時の顔、可愛かったな。不安そうに俯きがちで、どうしようかなって顔してた。大学まで来て、何してんのって自問自答してる顔。 「すげぇ、好きだよ」  そんで、今、また可愛い顔をしてる。真っ赤になって、口開けて、多分、このあと、五秒位、その口をパクパクさせてから言うんだ。 「……バ、バカじゃないの」  ほらな。  剣斗の言う通りだ。  ――やっぱさ、誰だって、彼氏に心配してもらえるのって、嬉しくて、くすぐったいじゃん。あとさ。 「あ、あ、あああ、あっそ」  ――ダチだから、消毒しとけよーで終わり。お前も俺に怪我すんぞーって言って終わり。だから、仰木はいいんじゃね?  うるさいし、大学まで来ておいて、最初に言うのが悪態とか、本当さ。けど、いいよ。あんたは俺の大事な人だからさ、あんたになら口うるさく言われたって全然。 「な、何笑ってんのっ」  全然、いいよ。

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