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柚葉(攻め)視点(ひねくれネコ番外編) 6 愛しきへの字口

 俺は……本当に本物のバカなんじゃねぇの? 「はぁ……」  ついこの間それをやって自分に呆れたばっかりだろうが。しんどかった仕事が終わったばっかだろう京也相手に、俺はまた。 「…………バカ」  ベッド脇に腰を下ろしていた。その俺の腰をつんと突ついて、京也が確かに今俺が思ったのと同じことを俺に言った。 「俺が抱いてって言ったんだけど?」  まさに抱き潰して、立ち上がろうにも腰に力の入らなくなった京也は、寝たまま、口をへの字に曲げてる。 「どっか痛いとこは?」 「たくさんあるよ! 腰クッタクタだし、お尻のとこ、違和感すごいし、腕も力入らない。でもっ!」 「すまなかっ、」 「そうして欲しかったんだからいいの」  でも、あんたは仕事が明けたばっかだろう? 試作、作ってたんじゃねぇの? 飲まず食わずで、自分の仕事してたんだろ? そんで、ちゃんと食って寝て、それから来てくれたのに、俺は相変わらずまた理性ぶっ飛びすぎて加減もせずにあんたのことを。 「嬉しかったんだから……溜め息なんてつかないでよ」 「……」 「っていうか、よく呆れないね、俺みたいなの相手にしてさ。見てくれがよくたって、この性格じゃ普通別れるよ。心配してくれてんのにキレたりして」  ベッドの中から、下だけ履いてる俺のズボンを指先でキュッと掴みながら、段々と小さくなる声にはほんの少しだけれど不安が混ざってる気がした。  溜め息に、ついこの間した喧嘩に、聞きたくない言葉が俺たちの間にストンと落とされるかもしれないっていう不安。 「呆れるわけないだろ。あんたしか好きになんねぇって前に言っただろうが」  あんたが、はいはいわかりました。どーぞどーぞと両手をあげて降参するまでいくらでも言ってやると。そして降参した後は素直に寄りかかればいいって。 「…………バカ」  怒った顔。けれど、そこには苛立ちよりも戸惑いが混ざってる。その頬に手の甲で触れると熱かった。 「喉渇いた」 「あぁ、ちょっと待ってろ。水持ってくる」 「ん」  髪を撫でてから立ち上がり寝室を出てキッチンへと向かった。お泊まり禁止が解除されてから、少しずつ京也の部屋に俺のものが混ざっていく。マグカップに箸、服も少し。それから京也は使わないヘアーワックス。 「京也、水」 「あ、りがと」  起き上がろうとする京也に慌てて手を貸すと、病人みたいになっちゃったと笑って、俺にキスをした。やたらと嬉しそうに。 「ね、もう一個、クローゼットの中、開けてみて」 「?」 「俺、足腰立たないから」 「あぁ」  服を取るんだと思った。シャワーは浴びたから、というか俺が浴びさせたから。もうこのまま寝るんだと。 「…………これ」  そう思った。 「それ作ってたの」 「……」  そこにあったのは工具一式を入れられそうな腰袋。 「柚葉は緑色が似合うと思うから」 「……」 「そういうの詳しくないし、工具なんてよくわかんないから、たくさん調べた。ベルトの穴も合うと思う。一個しか開けてないからね。他の誰も使えない。ズレたら……パンチで開けるけど。けど、多分合ってる」  しっかりとした腰ベルトがついていて、ポケットもあるし、工具を差し込んで保持できるベルトがいくつも並んでいる。 「…………気に入った?」  また試作を作ってるんだと思ってた。すげぇ真剣な横顔だった。店一つを構えて、それで飯食ってる大人の男の横顔だった。俺はそんな人にはまだ頼られないガキなんだと、自分に苛立った。 「…………やべぇ」 「!」 「嬉しくて、死にそう」  あの横顔で思っていたことは、あの指先で作っていたものは。 「ちょっと、死んじゃったら、すごいやだ」  だって、泣きそうとか、女々しくて言えるわけねぇだろ。 「言葉にするの下手くそだからさ。照れ臭くなるとすぐに悪態ついちゃうし」 「っ」 「だから、自分の中で唯一誇れるもので柚葉にって思ったのに」 「っ」 「死んじゃったらやだってば」  ベッドに腰を下ろすと自然と京也が手を伸ばす。その手を掴んで、身体を前に倒せば、まるで甘えたがりの子どもみたいに京也が俺にしがみついた。 「死んじゃったら、やだ」  甘えた声が、耳に触れる。 「…………気に入ってくれた?」 「あぁ」  その優しい声に我慢できず涙が溢れた。 「いつかうちで働いてくれる時、それつけてよね」 「もちろん」 「絶対だからね」 「あぁ」 「…………ここに、いてよね」  あぁ、そう返事をして、への字の唇にキスをした。深くて、しっかりと繋げる、そんなキスを。 「それから、作業服の柚葉さ――」  キスを終えると、京也はへの字だった唇をキュッと結びながら、頬を真っ赤にして、言ったんだ。 「あれ? その腰袋どうしたんだよ」  作業服に着替え、作業場の方へ行くと、しゃがみ込んで加工済みの部品を見ていた剣斗が俺の腰袋を指さした。深い緑色は革らしい風合いがある。まだ硬さがあるけど、使っているうちにその人に馴染むからと教えてもらった。 「いいだろ」 「かっけぇ。そんで作業服、新品?」 「いや、いつものだ」 「にしては、すげぇ綺麗じゃね?」 「クリーニング出したからな」 「? クリーニング? 染み抜き? またすぐに汚れるのにか?」 「あぁ」  だって、機械油の染みだらけの作業服じゃ、ダメだろ? 『それから、作業服の柚葉さ、めちゃくちゃかっこよかった。何あれ、反則』  そんなこと言われたら、な。けど、あのままじゃ裸のあの人に触れられないから、ちゃんとクリーニングしてから着たんだ。着て、そんで、まぁ、今回は抱き潰す前でセーブした、な。 「ふーん。にしてもすげぇ、かっけぇ。京也さん俺にも作ってくれっかな」 「ダメ」 「えー……ずりぃ、彼氏だけかよ」 「こんなめんどくさいもの、もう二度と作らないっつってた」 「ブハッ、京也さんっぽい」  もう二度と作ってあげないから、だから、すごく大事にしろと仏頂面だった。そのくせ頬を真っ赤にしている俺の恋人を大事に抱き抱えると、絶対だからねと、何度も言うそのへの字の唇にそっと、キスをした。

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