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ポッキーゲーム編 1 今日は何の日

 世の中には色んな「日」がある。  祭日みたいなそういう「日」じゃなくて、例えば、一月五日は苺の日。一と五で、いちご、みたいな。十一月二十二日は、いい、と、ふうふ……これは少し無理があるような気がするんだけど、まぁ、その音の感じから「良い夫婦」の日ってことらしい。中には面白い「日」もあってさ、ライバルが手を結んだ日っていうのもあるんだ。なんか歴史の出来事から来てるらしくて、いつだっけ……そうそう一月二十一日がその日らしい。  あ、もうすぐじゃん。ライバルが手を結んだ日。  で、その日は別にどうでもよくって、つまりはさ、色んな「日」があるんだ。語呂合わせから来てる日もあれば、歴史の出来事から関連づけたものもある。それから数字の形から来た「日」もあって。それが――。 「はぁぁぁ? なんすか、その日」 「だから、ポッキーの日」  京也さんがしれっとした顔をして、細くて綺麗な指先でグラスに入ったポッキーを一本食べてた。  今日は大晦日で、京也さんの職場でもあり、俺のバイト先である工房で小さな大晦日パーティーの最中だった。つうか、大掃除のお疲れさん会。仕事の方は順調で、なんかこの前、仰木のためにって作ったものを商品化したらそれがSNSでバズったとからしく、大忙し。大晦日前日まで忙しく仕事をしてたって感じ。でもおかげで臨時ボーナスをゲットできたし、全然、和臣はカフェバイトがあって忙しいから家にいてもぼっちだし。手芸してればいいんだけど、作りたいなら材料買わないといけないわけで、材料買うためには稼がないといけない……つうことで、大晦日の大掃除大歓迎だった。  で、その大掃除が終わった後のお疲れさん会で、二人で軽く飲んで食ってしながら、色んな話をしてたわけ。仕事の話、俺の話、京也さんの話、彼氏の話。それから過去の話。  そんで、俺の発した「はぁぁぁ?」んとこに話は戻ってさ。  ポッキーの日。  いや、ポッキーの日はいいんだ。数字の一を、漢数字じゃなくて、ローマ数字で表したら……ただの棒で。ポッキーをテーブルに縦に並べたら……ただの棒。だから、ポッキーの日。それは、わかる。別にいいと思う。けど問題なのは。 「なぁんでそれで、このほっそいポッキーが十本で一千円何すか。どこのぼったくりバーっすか」 「だって、ハッテン場だもん」  ポッキーが十本、グラスの中に入ってるだけ。そのポッキー十本で、一千円って。百円でも高いだろうが。アホか。 「そんで、そのポッキーでゲームをするわけです。ハッテン場だから」  和臣の昔の話。って言っても、俺が上京したての頃はまだ遊んでたから、そうめちゃくちゃ古い過去の話でもないんだけど。 「まぁ、なんでもいいわけよ。そんなの」  冗談じゃねぇ。 「遊びましょうのきっかけづくりだから」  はぁ? ふざけんな、だ。 「ただの遊びだし」  バカだろ。 「あ、ほら、ちょうど話してたら、和臣から連絡来たよ? 剣斗君」  大馬鹿だ。  大馬鹿野郎がカフェバイト終わったって連絡してきた。  大晦日にカフェ来る奴なんているのかって思うけど、案外、蕎麦よりもシフォンケーキがいいって人も多いようで、今日もガッツリフルシフトでバイトしてた。そんなカフェバイトを終えた大馬鹿野郎。 「おーい、忘れ物ない?」  お疲れ様、じゃねぇっつうの。 「あ、ポッキー持ってく?」  本当、マジで。 「喧嘩後、ここ来てももう俺帰っちゃってるからね。お疲れ様ぁ」 「つかれしたっ!」  あいつ……。  バカじゃねぇの? 「あ、剣斗」  本当、バッカじゃねぇの? 「待った? 悪いな。お客さん多くて、上がれなかった」 「スーパー寄る」 「あぁ、何か買い忘れたか?」 「あぁ」  適当な場所で待ち合わせて、一緒に帰る途中、いつも使ってるスーパーマーケットに寄って、明日の朝飯用のパンと牛乳、それから。 「? ポッキー?」  それ買って、早足で帰宅した。 「どうした? 剣斗」  靴脱いで、エアコンつけて、コート脱いで、バサーって放って。 「うるせぇ」 「剣、斗っ! って、うわぁぁ!」  大馬鹿野郎をとっ捕まえて押し倒して跨った。 「ちょ、どうした。剣斗。何怒ってんだ」 「……」  怒るだろ。そりゃ。  ――なっつかしい。ポッキーゲームとかしたっけ。  ふざけんなってなるだろ。  ――これでさぁ……馬鹿だよねぇ。これがたかが十本で一千円とかすんの。そんでそのポッキーを、今夜の相手にいいかもお、って思った男の前で咥えて、キスまで辿り着けたらOK。チャンスは十回。結構人気だったよ。この日は簡単に相手を誘えるから。  あと数時間で、元旦。数は少ないけど、元旦だってれっきとしたポッキーの日だろうが。 「剣斗っ」 「うるせぇ」  一月一日。ポッキー二本分。  けど、俺しかその相手はいねぇから二本で十分だ。 「な……にを……」 「どうせ、クソまずい思い出になってんだろ」 「……」  ――和臣狙いのネコがわんさか、ポッキー咥えてたっけ。 「食えよ」  ガサゴソって買ってきたばっかのポッキーを口に一本咥えた。 「やろうぜ……ポッキーゲーム」 「……」 「俺と」  和臣は大馬鹿野郎だから。 「……剣斗」  どうせ、そんなの白けたつまらなそうな顔して、美味いはずのお菓子を不味そうな顔して食って、気持ちいいはずのキスを退屈そうな顔して消費して、そんで今となっては懐かしいどころか、自己嫌悪に陥るような思い出にしてんだろ。 「ン……」  甘くて美味いもんなのに、そんな食い方する奴は大馬鹿野郎だ。

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