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ポッキーゲーム編  2 一月一日もポッキーの日

 和臣は大馬鹿野郎だから、美味いものを不味そうな顔して食って、気持ちいいはずのことを苦しそうな顔してやってたんだろ。 「け、剣斗?」 「……」  大馬鹿だ。 「ほら」  だから、和臣の上に跨って座って、身動きできないようにしてから、ポッキーを一本口に咥えて差し出すように首を傾げて見せた。 「な……にを」  ぽかんとしてる。カフェバイトから帰る途中、待ち合わせて一緒に帰ろうと思ってた彼氏がなんか怒ってて、帰った瞬間押し倒してきたと思ったら、そのまま跨って「ほら」なんてポッキーを口に咥えて見せたら、そりゃわけわかんないかもな。 「したことあるだろ? ハッテン場で」 「!」 「ポッキーゲーム」 「おま、それっ……京也か。あれはっ」 「怒ってねーよ。別に、過去のことだし」  怒ってるのは別のことだ。和臣がハッテン場に行ってたことも、昔、京也さんとしたことがあるのも、他にもたくさん和臣とやったことがある奴がいんのも知ってる。そんなのいーよ。別に。消せねぇじゃん。過去なんて。けどさ――。 「ワクワクした?」 「は? 何が」 「ポッキーゲーム、そん時やって」 「……」 「ドキドキは?」 「そんなのするわけ」  ないんだろ? ワクワクもドキドキもしなかったんだろ? 「バーカ」 「……」 「ほら」  今の和臣ができるための一つ一つだ。過去も昨日食った飯も。だから、その変えようのない過去のことにヤキモチはしない。けど、いい思い出に変えられそうなことなら変えていこうぜ。あん時はクソまずかったけど、でも今はすげぇ美味しいってなれば、それでいーじゃん。  俺は頭良くねぇから上手にそれを言えないけどさ。  すればわかるだろ? 「フツーは……すんじゃね?」 「……」 「ワクワクとかさ」  そっと和臣の首に腕を回した。 「ドキドキとか……」  首を改めて傾げて。 「こういうのって」  それで、ゆっくり、どんどん。 「……ン」  カリッて音がして、和臣が美味しい、チョコレートがくっついた方を齧った。  ゆっくり、少しずつ、近づいていく。あと十センチくらい?  俺もチョコレートの美味しいところが食べたくて、少しずつ齧っていって。  どんどん、もっと近づいて。あと五センチくらいかな。 「ン」  そんで全部、食い終わると唇が触れた。 「どう?」 「……」 「美味かった? ドキドキした?」  そっとさ、近づいてくんだ。 「ワクワクした?」  好きな子とキスできる距離までどんどん縮まってって。甘くて美味くて。 「……剣斗」 「ポッキーゲーム、楽しかった?」 「……」 「お疲れ様。バイト。明日は助っ人とかで入らなくて大丈夫そう? つうか、元旦からカフェやってんの?」  元旦ってさ、普通どこの店もやってなくね? 俺らの地元だと元旦ってやってるのってさ、コンビニくらいだったじゃん? あとはどこの店も「元旦」とか「賀正」とかって書かれたポスターみたいなのを扉んところに貼り付けてたんじゃん? なんかあのお洒落なカフェの扉にあの渋い和風のもあんまり合ってない気もするけど。 「明日は休みだよ」 「そっか。じゃあ、明日はゆっくりできそうじゃん。明後日、俺らそれぞれの実家に正月の挨拶行かないとだし」  元旦は二人で過ごしたいなぁなんて思ってさ。本当、すげぇ忙しい人だからなかなかゆっくりってできてなくて、だから元旦くらい、できたら二人でのんびりして初詣なんかしたりしたいなぁって。どこのお店も元旦は休んでるみたいに、和臣も本日は閉店ガラガラってさ。 「剣斗」 「んー?」 「美味くて、ドキドキした」  和臣が俺の腰をキュッと両手でしっかり掴んで引き寄せると、抱き締めてくれた。笑ってくれて、楽しそうな顔をして俺の名前を呼んでくれる。 「お前って、すげぇな」 「俺? どこがだよ」 「すげぇよ」 「そう?」  ちょうどそこでチラリと和臣が俺の頭上の方へ視線を移した。時計のある辺り。 「悪い。今日は遅くなったな」 「んー、いーよ別に。お疲れ様」  今何時位? 今頃みんなカウントダウン始めてる?  和臣がテレビを付けてくれたら、ちょうど本当にカウントダウンを始めた頃だった。お笑い芸人とかタレントとかが元気に「十五、十四、十三……」って数えてる。  もうすぐじゃん。  もうすぐ来年だ。 「剣斗」 「?」  もうすぐ、たった今さっきのことが去年の出来事になっていく。俺が指を切って、そのことで喧嘩になって家を飛び出したことも全部、去年の出来事になって、過去の思い出に変わってく。  来年の俺と和臣を作ってく。 「明けましておめでとう」 「あけましておめでとうございます」  もう来年じゃねぇ。今年の、俺と和臣を。 「元旦、一月一日……ちょうどポッキー、二本分だな」 「確かに」  テレビの向こう側から楽しそうな笑い声と賑やかな話声が聞こえてきた。 「じゃあ、今度は俺から」 「やた! チョコ側たくさん食べられる」 「そこにそんなにはしゃぐか?」 「あったりまえじゃん」  俺らはクスクス笑いながら。 「はい、ドーゾ」 「いっただきます」  小さく、カリッて音をさせながらポッキーを端から齧って、近づいて、そっとそっと唇が触れるところまでポッキーを齧ってた。

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