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真夏のプール編 8 ジリジリ
トイレの中は外のプールみたいなはしゃいだ声が届かなくて、驚くくらいに静かだった。
「ふぅ」
そこで溜め息を一つついても、それが響くくらいに静か。
思春期のガキかよ。
頭ん中、あのことでいっぱいの思春期のガキ。
プールん中で好きな子の水着姿にムラついて。
こんな人が溢れるくらいにあっちにもこっちにもいるような場所で勃ちそうになんてなったりして。
けど、昨日もしたから。余韻が身体の奥のとこに残ってる。
「っ」
また思い出しそうになって慌てて、蛇口から捻り出した水で冷やした手で口元を拭った。
「……」
じっと目の前の鏡の中のヤンキーを見つめた。
チャラそう。
まぁ。
茶髪、はな。
そんで隣にいる和臣はすげぇイケメン。
声掛けやすいかもな。
この組み合わせじゃ確かに。
例えば、俺がさ、京也さんとか、あとは、まぁ……その……和臣の好きだったあの人とか、みたいに女もたじろぐくらいに色気のある感じだったらさ、そんなに声掛けようとは思われなかったかもしれない。
「はぁ」
けど、俺にそんな色気があるわけがなくて。ないもの欲しがったってさ。仕方ねぇじゃん。
そう思って溜め息をついたところで、男が一人、トイレに入ってきた。
若くて、髪型が和臣に少し似てるからか、ちょっと目で追いかけてた。
もちろんちゃんと見れば、まるで和臣とは別人だけど。
「!」
その男が視線に気がついたのか、こっちへ顔を向けた。
目、合いそ。
そう思って、ふいっと目を逸らした。
「すごい混雑ですね」
俺? に、話しかけて、んのか?
「泳ぎに来たっていうか人見に来た感じ」
独り言、じゃない、よな。俺見て喋ってるし。
「そ、すね……」
とりあえず答えると、にっこり笑ってる。すっげぇ人見知りしないタイプ、とか? さりげなくトイレを見渡したけど、俺とその人しかいなかった。
「鍛えてるの?」
何? なんか、話し始めてるし。
「あー、いや、別に」
「引き締まってるからジムとか通ってるのかと思った」
「いや……」
「腰、細いし」
「……」
そいつの視線が俺の肩の辺りから撫でるように、身体のラインを追っていく。
「友だちと来てる?」
「!」
そこで、パッと、なんか勘づいたっつうか、気がついたっつうか。そうじゃないかもしんないけど、ただトイレに偶然居合わせただけで、こんなに話さないだろ。俺が話しかけやすそうなら別だけど、チャラそうに見えるだけで、親しみやすいキャラなんかじゃねぇし。
だから、これはもしかして、俺が男だけど、こいつ、ってさ、もしかして。
「っ……」
無言でその場を立ち去った。
なんか、怪しかったから。
トイレで知らない男に声かけねぇだろ、フツー。
だから、無言で立ち去っても失礼もクソもない。
けど、びっくり、した。
まさか、男に声掛けられるなんて、思ってなかったから。
慌てて逃げた。
サンダル履いてて足の裏はちっとも熱くないはずなのに、全身が熱くて、心臓の鼓動がうるさい気がした。
わかんねぇけど、もしかしたらナンパ、とか。されるとか思ってなくて。
「剣斗!」
「! ……和臣」
「どこ行ってたんだ。びっくりした。いないから」
俺もびっくり、した。
「あ、いや」
「熱中症とか、頭痛いとか」
「へーき。つうか、ドリンクありがと。トイレ行ってただけ。シートんとこ戻ろうぜ」
さっきの人が来るかも知んない。そんで連れが男だってわかって、変になんかされても困るし。変なこと思われても嫌だから、ただの自意識過剰かもしんないけど、その場から和臣と一緒に、このごった返す人の中に紛れることにした。
俺らのシートのところに戻りながら、ちょっとだけ振り返ったけど、さっきの人がトイレから出てきたりはしてなかった。
「ほら、飲み物」
「ありがと。混んでた? 中、波のプールあったじゃん」
「あー、すごいよ。波に漂うっていうより、芋洗いって感じ。泳げない」
「そんな?」
まぁ、そうだろうな。あれだけ休憩エリアのところに人が集まってるんだ。そのちょうど目の前にある波のプールなんて激混みなんだろ。日焼けしたくない人もいるだろうし。
「それ飲み終わったら行ってみる?」
「あ、うん。全部のプール、制覇してぇ」
「はは、満喫」
「そりゃ、しないと。せっかくなんだし」
「そうだな」
そう言って笑って、ここに来た時のふいっと感が消えた和臣が楽しそうにはしゃぐ声たちに顔をあげた。眩しそうに目を細めて、その和臣の向こう側に噴水のあるプールがあって、水飛沫が日差しに反射してキラキラしている。
そんでそのもっと向こうにはもくもくと膨れ上がった入道雲と夏にしか見られない真っ青な空。
和臣の顎から喉仏を汗の雫がツーって伝っていってるのが……。
「和臣」
「……んー?」
なんか、色っぽくて。
「飲み終わった。プール入ろ」
「あぁ」
今、買ってきてもらったドリンク飲んだのに、喉が乾いた。熱い。喉んとこ。カラカラ、してる。
「波のプール行ってみようか」
「あ、うん」
喉が渇いてしかたがないから、喉奥が熱くてたまらないから、早く渇いた身体を水の中に浸したくなった。
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