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真夏のプール編 12 裸足の笑顔
「プール、行ってきたんだよね?」
京也さんが「ジャンボざぶーん」って書かれたドーナツの入った箱をじっと見つめた。プレーンの焼きドーナツの表面にチョコがシマシマ模様にコーティングされてて、案外美味そうなんだ。おまけにココナッツがふりかけてあって夏らしさ満載。
ちなみに、ジャンボざぶーん、は実際にあったウォータースライダーのひとつ。
名前がのんびりしてる感じだけど、けっこうスリルがあって怖かった。滑ってる途中でケツがふわっとスライダーから浮き上がって、俺、放り出されて死ぬかもって思ったくらい。そこそこ怖かった。あと、ジャンボざぶーんはそのスリルがいいのかけっこう列が長くてさ。行列に並んでる間、ちらっちら見てくる女を威嚇するのに忙しかった。
「そっすよ。プール、京也さんからチケットもらって」
「の、割には日焼けしてなくない?」
「あ、ラッシュガード着てたんで」
「で、今日もラッシュガード?」
「あ、あは。はは。走って来たんで」
ホントはちげぇけど。
ちょっと今回は、はみ出るから。
キスマ。
うなじの上の方まで和臣がつけたから。
だからラッシュガード着て、Tシャツ着て、下もスポーツウエア系のパンツにした。運動部っぽい格好ってことにして。夏、露出が増えるこの時期、ダイエットしないとって思ってジョギング始めた人のフリをしてみたり。
「なるほど」
「あはは。そうなんすよ。夏だし。身体絞ってこうかなぁって。プールめちゃくちゃ楽しかったわぎゃあああああああっ!」
あははって京也さんの不思議そうな顔をやりすごそうとしたところで、思いっきりTシャツもラッシュガードも全部いっぺんに捲り上げられて、店の外まで聞こえそうな叫び声あげた。
「わぁ……すごいね」
「ちょっ、京也さん」
大慌てで今度はその捲り上げられた服を引っ張って下げると、俺をじっと、じーっと見つめてから、どこかの文化祭でやってそうな寸劇並の下手で大袈裟な「嘆きの顔」をした。
「はぁ」
「え? ちょ、なんすか、溜め息」
「そんなキスマークてんこ盛りになるような行為に耽る子になっちゃったなんて」
「いや、あの」
「人生の、先輩、心配!」
…………なに、そのダサいラップみたいなの。
「どうせ、アレでしょ? お前の色っぽい水着姿誰にも見せたくないとかヤキモチ妬いたんでしょ?」
あ、まぁ。
「それで夜に盛り上がったんでしょ?」
あ、いや。夜じゃないけど。
「一日、心配だったとか言って」
一日どころか半日が限度だったけど。
「そんな子になって店長は悲しい!」
たしかに店長だけど。
「外まで声聞こえた」
その時だった。
そんなことを言いながら仰木が扉にくっついてる鈴の音と一緒に入ってきた。
「悲しいって」
「んな、なんでもないっ」
「……悲しいって」
「だからなんでもないってば」
「……」
今度は京也さんが慌ててた。いっつも思う。京也さんってさ、すげぇしっかりしてて、すげぇ大人。けど仰木の前になるとちょっと幼くなる。なんかそれが可愛くて。いつもだって無理してるわけじゃないんだろうけど。
なんつうか。
京也さんは男だから履かないんだけど。
ハイヒールって感じかな。
俺が知ってるのはハイヒール履いて、カツカツって足音鳴らして颯爽と歩く京也さんで。
「……」
「本当にっ」
仰木といる時の京也さんはそのハイヒールをポイって放り出してさ。
「なんでもないからっ」
ペタペタって音させながら裸足で歩く京也さんって感じ。
「っぷは」
「ちょ、なんで、剣斗くん笑ってんのっ」
「いやなんでもないっす」
「はいいい?」
そんなふうに恋人の前では和臣もなってるのかなって思ったら嬉しかっただけ。
「そんじゃ、俺、お土産渡しに来ただけなんで」
「あ、うん。ありがとね」
「うっす。また明後日来ます」
「ありがとー。多分、材料大量に入荷してるからよろしく」
「うっす」
じゃあ、その時もこの格好かな。案外動きやすくて、着心地もいい。暑いけど、ラッシュガードって汗すぐ乾くのかも。ベタベタしてない気がした。
「頑張ります」
ぺこりと頭を下げると、いつもの、俺が知ってるハイヒール履いて仕事をバリバリこなす感じの京也さんが、ニコッと笑って手を振ってくれていて。その背後に、包み込むみたいに仰木が立ってて微笑ましかった。
まさにカップルって感じで。
俺たちもそうならいいなぁなんて思った。
そしたら、俺もいちいち威嚇してガン飛ばさなくていいなぁって。
「和臣!」
待ち合わせたところにいた和臣はスマホをじっと眺めながら、ポケットに手を突っ込んで、立ってた。
俺のでかい声にパッと顔をあげてさ。
さすがイケメン。
ただ待ちぼうけをしてるだけでもすげぇ絵になる感じでさ。
「おかえり」
そんなイケメンが。
「おー……」
「渡せた? お土産」
「おー」
ふにゃって笑った。
「どうかした?」
「……なんでもない」
「なんだよ」
「なんでもなぁい」
まるでハイヒール脱いで、ホッとしたみたいな笑顔。
「なんかあった?」
「なんでもないってば」
俺といる時だけの、ペタペタって歩く、呑気で無防備で「楽ちん」な時の笑顔。
「剣斗」
「なんでもねぇ」
「いやいや」
恋人の前でだから見せる笑顔。
きっとカフェに来てるお客さんも、大学の奴らも、だぁれにも向けることのない裸足の笑顔なのかなぁって思ったら、嬉しかっただけ。
「キヒ」
嬉しくて、スキップしたくなっただけ。
「なぁ和臣」
「?」
「またプール行こうぜ」
「えぇ?」
「今度はダボっとしたパーカ着るから」
「ならいいよ」
「和臣は牛乳瓶底眼鏡な」
「はぁ? やだよ」
「いーじゃん。面白くて」
「仮装大会じゃん」
「あはは」
嬉しくて。
「な、和臣、手、繋いでもいい?」
「いいよ」
手を繋ぎたくなっただけ。
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