150 / 151

真夏のプール編 おまけ1 たいしたことじゃない、じゃない

 たいしたことじゃないよ。  言ったら、笑っちゃうんじゃない?  なんだそれって、呆れちゃうかも。そのくらい幼くて、おろかで、くだらないこと。 「ごちそうさまぁ。美味しかったぁ」 「なら、よかった」  深々とお辞儀をした。 「これ、フライパンひとつで作るんだ」 「簡単だからって教わった」  誰に?  料理なんて誰に教わったの?  お鍋不要、フライパンがあれば出ちゃうトマトソースパスタなんて時短料理。  女の子? 「すごいねぇ。パスタって好きだけど、お鍋出して麺茹でて、ソース作ってって、ちょっとめんどくさくて」 「だからちょうどいいと思って訊いたんだ」  柚葉から訊いたの?  女の子に?  男の子に?  めちゃくちゃ喜ばれたんじゃない?  普段、話さない人が話しかけてくれるって、けっこうレアで嬉しかったりしない? それがかっこいいけど、無口で話しかけにくい柚葉だったら、もう有頂天でしょ? その子。 「今度はボンゴレ訊いてみる」  いいよ。大丈夫。訊かなくて平気。 「えぇ? 大丈夫だよ。っていうか、毎日パスタ食べてたら太っちゃうかも。もしくはイタリア人になっちゃうかも」  全然大丈夫。  むしろ教わらないで。他の人になんて話しかけなくていいよ。  なぁんて、大人でそれなりに自立してるって自負してる年上の俺が言えるわけないけどさ。 「…………で?」 「?」  何が? って顔を上げたら、まっすぐな柚葉の瞳とぶつかっちゃった。 「俺と行きたくない場所ってどこ?」 「!」  まだそれを訊かれるだなんて思ってなくて、まっすぐな黒い瞳に捕まったみたいにフリーズしちゃった。 「あ、まだ、それ? んもぉ、たいした、」  たいしたことじゃないよ、って言おうとしたのを遮るように大きな手が俺の手をぎゅって握った。同じ男なのにね。その力強さにクラクラしちゃう。そのまっすぐさに目眩がしちゃう。その熱量に。 「知りたい」  溶けちゃう。 「京也が俺といたくない場所が気になる」  たいしたことじゃないよ。 「言って」  言ったら、笑っちゃうんじゃない? 「言ってくれるまでずっと訊く」 「しつこい」 「しつこいよ」 「っ」  なんだそれって、呆れちゃうかも。 「絶対に知りたい」  そのくらい幼くて、おろかで、くだらないこと。 「その場所教えてもらえるまで、離さない」 「!」  本気っぽくてドキドキした。握られた手がぎゅって強くて。心臓握られちゃったみたいで。 「プール……」 「?」  こういうとこ。本当に無自覚でズルいんだよね。いつだってして欲しいことをすぐにわかってくれるのに。俺がパスタ好きなのだって、言ったわけじゃないのにわかっちゃってるし、仕事詰めすぎる癖があるのもわかってて、疲れたらすぐ気がついてフォローするし。むしろ疲れてどぉぉぉしようもなくなる前に寄りかからせてくれるし。  なのに、今、小さな声で言ったのは聞き取ってくれないんだよね。  なんて言った? って顔して、ぽかんってさ。  もう一回、ちゃんとしっかり言わないと聞き取ってくれない。  そういうとこ。  ホント、ズルい。 「プールっ!」  ほら、今度はなんで? って不思議顔。  なんでプールに俺とはいけないんだって。  怪訝な顔でこっちをじっと見つめてる。  察しが良くて、察しが悪くて。ひねくれまくってる俺がひねくれられなくなる。 「だーかーらっ、プール! 行ったら柚葉、の、はっ」  ねぇ、全部言わす? 「はっ、はっ、っ、っ、だ……か、が」 「……」  わかってんじゃないの?  俺みたいなのが、キャラじゃないけど、思ったの。 「裸……」  見られたくないって、思ったの。  さっきのが聞き取れなかったなら、今、打ち明けた、たいしたことじゃない、呆れられてしまいそうな幼い呟きだって聞こえないはずでしょ? 「……っ」  柚葉は立ち上がって、ご馳走様をしたばかりのお皿を下げてくれた。パッと洗ってくれて、パッと拭いて、パパッとしまうところまで全部やってくれちゃう。俺みたいなひねくれたのだってホロホロに絆されるくらいに甘やかすのが上手くて、顔だって良くて、身体も、ご馳走みたい。  そんな男が振り返って、唇の端だけで笑った。  ねぇ、さっきは聞き取れなかったのにさ。 「俺の裸?」 「っ」  そこは聞き取ってんの。 「別にたいしたもんじゃないだろ。俺の裸なんて」  たいしたものなの。すごく、たいしたもの。 「でも、まぁ……」  それ、お行儀悪いんだからね。  ゆっくりと歩いてきた柚葉は座ったままの俺の隣で、テーブルにわずかに腰を下ろした。  テーブルは座るところじゃないでしょって小言を言いたかったのに、背中を丸めて俺の頭にキスをした。上向いてと促すように大きな手を頬に添えられて、喉奥がきゅって、締まる。今、頬、赤い気がするから。  触ったら、熱くてバレちゃうじゃん。 「俺も行かせたくないけど」 「っ」  たいしたことじゃないよ。  言ったら、笑っちゃうくらい。  なんだそれって、呆れちゃうくらい幼くて、おろかで、くだらない、大人なのにひどく幼稚な独占欲。 「京也の裸なんて一ミリだって、他の奴に見せたくない」  けれど、この独占欲は。 「俺しか見たら」  向けられると、ひどく心地良くて。 「ダメ」  ひどく甘くて。 「っ、ン」  気持ちいい。

ともだちにシェアしよう!