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第6話 心臓破り

 神社の周辺は今が稼ぎ時とばかりに露店が並んでいて、祭みたいだった。あっちこっちから活気のある声と、食いもんの匂いがして、夜の十一時もすぎた頃の腹にはきつい。  かなりでかい神社だから、参拝に来るのも地元民だけとは限らなくて、仮設のバス停脇にある駐車場に停められていた車のナンバープレートにある地名も色々だった。  そんなだから初詣っていってたら、大概のやつがここへ来る。でかい神社のほうがでかくて強そうな神様がいそうだろ? 「あ、すげ、今、ステーキみたいな良い匂いがした」  今年は、ダチでも、もちろん、親でもなく、ふたつ年上の和臣と来てる。 「あー、腹減った。剣斗は?」  それが不思議で、ぎこちなくて、腹減ってるけど、落ち着かないから首を横に振った。 「あ、いや、別に」 「そ?」 「そしたら、先に参拝すませるか。っていうか、人がすごいから、はぐれないようにって、ほら!」  ぎゅうぎゅう詰めだったバスでのぼせたのもあったのかもしれない、どこかふわふわしてた俺は数人のグループに押し流されて、参拝の順番待ちの列からはじき出されそうになった。 「言わんこっちゃない」 「わ、わりっ」  びっくりした。一瞬で、それこそどっかに弾き飛ばされそうだった。でも、和臣の手がそれを引き止めてくれた。 「……ったく」  手を掴んで、そのまま。 「お前、危なっかしいな」 「……」  これ、手、繋いだままだけど? なぁ。 「ほら、ここ、心臓破りの階段。いくつあるんだっけか」  目の前には上まで見上げるとげっそりするような階段があって、その脇を灯篭の形を街灯がほんのりと明るく照らしてた。 「よし! 少しでも早く参拝終わらせて、ステーキ食いに行こうか!」 「はぁ? ちょ、おいっ! おいって!」  心臓がマジで破れる。なんでかいきなり元気なガキみたいに階段を駆け上った和臣と手を繋いでたままだった俺は、一緒になって階段を駆け上って、何段あるのか数えるのも面倒なほどあるのをジャンプして、走っていく。チラッと背後を見れば、ちょっと驚くような高さ。太腿はパンパンに張って、やばい。しんどい。でも、繋いだ手は離れないようにしっかり握って、和臣が駆ける度に揺れるブラウン色の髪を見上げる。  途中、何度か、和臣が手をぎゅっと強く引っ張ってくれた。ゼーハーゼーハーって、呼吸困難寸前で、階段上るのきっついけど、俺はその手を離さないようにぎゅっと握り返したんだ。  あと数段のとこ。もうここまでのぼるとさ、最初の勢いの半分もなくて、隣で着々と上っていくおじさんとペースはほぼ一緒なんだけど。 「あ、と、少しっ」  そう、あと少しだから。  振り返った和臣と目が合った。そして――。 「とっ……ちゃっ……く!」  やば……マジで。  はぁ、って、大きな溜め息を和臣が吐いて、呼吸のリセットをした。俺も同じように胸いっぱいに冷たいだろう空気を入れるけど、今は暑くて、ダウンもいらないくらいだから、冷たくもないし、寒くもない。その代わりに、暑さと、あと、心臓がさ。 「っぷ、お前、顔、真っ赤」 「!」  心臓が、なんだっけ? 心臓破りの階段だっけ? だから、ほら。  だから、和臣が笑った今、ほら、心臓が、破れそうなくらい暴れてる。 「さて、一気に登って頑張ったし、合格祈願しとくか」 「……」 「受かりますように」  まだ、心臓が破けそう。 「ちゃんと、こいつが俺の後輩になりますようにって」  ドクドク、バクバクって、すげぇ胸の内側で暴れて、呼吸するのすら忘れそうなほどだった。 「階段、下りるのもしんどいな。膝が笑う」 「じーさんかよ」  あはははって、俺のツッコミに和臣が笑った。階段を上った先、参拝するところまでは長蛇の列で、ぎゅうぎゅう並んで、押しくら饅頭状態でゆっくりゆっくり進んでいった。スマホを見てる人もいれば、まだか、と首を伸ばして列の前方を確かめたがる人もいたけれど、俺と和臣はずっと話してた。スマホも開かず、ツイッターでケイトとして、カズとして、それぞれで「初詣」のことを呟くでもなく。ふたりで他愛のない話をしてた。正月のテレビ番組のこととか。本当に他愛のない会話。でも、楽しかった。  いつもダチと来た時は、この行列が面倒で途中で飽きてくるんだけど、進みが早く感じられるくらい時間とかが気にならなかった。 「もうじーさんだから、おぶって」 「やだよ」 「ヤンキーはじーさんに優しくないなぁ」 「おい! 寄りかかるなよ! 俺だって疲れてんだぞっ!」  心臓破けそうなんだぞ。そう心の中でだけ文句を零して、圧し掛かってくる和臣から逃れた時だった。 「あれ? 和臣じゃん?」  声をかけられた。綺麗な女の人。和臣を見て、パッと表情を輝かせて、小走りで寄ってきた。 「なにぃ? 地元帰ってきてるんなら声かけてよ。皆、超喜んだのに。去年とか一回も帰って来てないじゃん? 飲み会で、どうしてるかなぁって言ってたんだよぉ?」 「あー、ごめん、大学忙しくて」  女のほうは和臣に会えて嬉しそうだった。けど、和臣は少し……イヤそうだった。 「そうなんだぁ。あ、でも、連絡先変わってないでしょ?」  女は和臣の曇った表情には気がつかず、ニコニコ笑っていた。それがムカついた。和臣イヤそうだってわかれよ。それに、今こっちにツレがいるんだから、一対一で話してんじゃねぇよ。和臣は、俺と――。 「何? 親戚の子とか?」  女が隣にいる俺へ視線を向けた。睨んでいた俺は、少しだけ身構えてニコリと笑うこともしない。 「まぁ、そんなとこ。それじゃあ、もう帰るから」 「あ、うん。バイバーイ、よいお年をー。また連絡するねー」 「……あぁ」  和臣は笑ってたけど、ニセモノの笑い顔だった。お面みたいに硬い笑った顔をしていた。 「……和臣?」  女と逆方向、帰る方向へ向けた表情からはそんな笑顔をも消えていて、俺の見たことのない和臣だった。 「……なぁ」  あの女の人、嫌いなのか? 「和臣」  何かあったとか? あの女と。それとももっと別な誰かと? そういや、帰省した割りに、地元で飲み会があるから今日のレッスンはここまで、みたいに早めに切りあがったことが一回もない。そして毎日レッスンしてくれた。あの女の口調からすると人気者っぽいじゃんか。きっと、帰省してますの一言で、飲み会くらい簡単に人が集まりそうなのに。 「……! 和臣!」  今、一瞬だけ、ほんのちょっとだけ、悲しそうな顔をした。寂しそうな感じ。そんな和臣は和臣らしくないから、俺は、手を引っ張ったんだ。 「ちょっと待て!」  そう言って、今度は俺がその手を掴んだ。

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