59 / 155

第59話

家を出ると、門の前に一台の車が停まっていた。 「あれは・・・?」 「幸、電車苦手なんでしょ?俺のばあちゃんのお付きの人に頼んだら送ってくれるってさ」 お、お付きの人・・・?風早がお婆さんに呼ばれていたことは前に鹿山先輩から聞いたので知っていた。が、お付きの人がいるくらいのお金持ちだったとは・・・。 俺はあんまり風早のことを知らないみたいだ。 「幸・・・?どうしたの?」 何も言わない俺を不安に思ったのか、風早が顔を覗き込んできた。 「あ、いや、何でもない」 今日は風早とのデートなのだ、楽しむことだけ考えよう。 車はシックな黒色。汚れ一つない車に、誰かが乗っている。 俺に気付いたのか、運転席に座っていた男性が車から降りて俺に会釈をした。 「初めまして、私佐野明と申します。今日はよろしくお願いします」 「は、初めまして・・・。桐原幸です・・・」 シワのないスーツに、ふわりと香る石鹸の香り。優しそうに微笑みその男性の一つ一つの丁寧な仕草に惚れ惚れする。 「こちらへどうぞ、幸様」 佐野さんがそう言って、後部座席のドアを開けてくれた。 「あ、ありがとうございます・・・でも、さ、様付けなんてやめてください・・・」 俺も会釈を返しながら、車に乗り込む。車内にも石鹸が香る。 「では・・・幸さんと呼ばせていただきます」 佐野さんがまたそう微笑んだ。 「佐野さんは俺が小さい頃から面倒を見てくれてたんだよ。だから俺と幸の関係も知ってる」 風早が俺の隣に座りながらそう言った。 え?と首を傾げると佐野さんが笑みを浮かべながら頷いた。 「えぇ、坊ちゃんから幸さんのことは聞いていますよ。可愛らしい人だというのは本当でしたね」 坊ちゃん・・・?聞き慣れない言葉だが、風早のことを指しているようだ。 「え、ちょっ」 「そうそう、可愛いでしょ〜?』 「えぇ、本当に」 風早と佐野さんが二人で笑っている。居心地の悪さを感じて俺は一人窓を見つめる。 「もぉ、幸ってば照れちゃって」 「照れてないっ!!」 「またまた、うそつき〜」 「嘘じゃねぇっ!!」 口を窄めて怒鳴ってやるが、風早はこたえている様子がない。いつものことだ、こいつは反省という言葉を知らない。 「では、まず初めは水族館へ向かいますね」 車のエンジンをかけた佐野さんがそう言った。風早が嬉しそうによろしく、と言うと車がゆっくりと動き出す。 「坊ちゃん、お祖母様がまた会いたいと言っておられましたよ」 「また??この間会ったばっかりじゃん」 「お祖母様は寂しがられているのですよ」 鹿山先輩が風早のお婆さんが病気で家から出られないと言っていたはずだ。 「寂しいってあの家にはいつも人がいるでしょ?それに俺本家の後継じゃないし」 「それでも、ですよ。お祖母様は坊ちゃんが可愛くてしょうがないのです」 本家、後継・・・。風早はもしかしてお金持ちの息子だったりするのか?そんなすごい人が俺と付き合っていいのか・・・? 一度考え出すとぐるぐると頭から離れなくなる。 「幸・・・?」 気難しそうな顔をしていたのか、風早が俺の眉をちょんとつついた。 「どうしたの?具合でも悪い?」 「ん、別に・・・」 「別にって顔してないじゃん」 風早が俺の頬をむにっとつまむ。 「お、俺・・・お前の事何も知らないなって思って・・・」 「か、かわいい」 「・・・は?」 「幸、俺の事知りたいって思ってるんだっ!もー、好きっ!!」 風早がそう言って俺の方に倒れこんできた。狭い車内では押しやることもできず、潰されそうになる。 「ちょっとっ、やめっ、潰れるっ」 べしべしと風早の体を叩くとしばらくして重みが減る。代わりに、首元に風早が腕を回してきた。 「も〜、幸可愛い〜〜〜〜」 耳を噛まれ、べろりと舐められる。 「ひっ、何すんだっ」 「美味しそうで、つい・・・」 「美味しくないっ!!!」

ともだちにシェアしよう!