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第62話

栗原の撮影があるせいか、水族館は若い女性でいっぱいだった。 隣を歩く風早の表情が険しい。話しかけると酷い愛想笑いが返ってくる。 周りを見渡しても男二人で水族館に来ている人なんていない。 俺たちは少し窮屈感を味わいながら、人混みをかき分けて水族館に入館した。 「きゃっ、ごめんなさいっ」 突然若い女の子にぶつかってよろめいた。風早が腰を抱いてくれたので転けることはなかったが、壁に肘をぶつけてしまい血が少し滲んだ。 「お、俺もごめんね・・・」 俺が謝った時には、その女性は人混みに紛れてどこにいるかわからなくなってしまっていた。 「幸、ちょっとこっち・・・」 ぐい、と腕を引っ張られて俺は風早についていく。少し離れた場所にトイレが見えた。隣の女性用トイレは見事な行列ができていたが、こちらの男性用トイレには見事に誰もいない。俺たちはトイレに入ってようやく一息をつくことができた。 「人凄かったな・・・」 「・・・ごめんね、幸まで巻き込んじゃって・・・」 「なっ、なんで謝るんだよ」 「だって俺のせいでこんなことに・・・」 動物園にすればよかった、と口を窄ませる風早。さっきからずっとこんな調子だ。どうして風早は俺が楽しんでないと思い込んでしまうのだろう。 「お前のせいじゃないだろ、知らなかったんだし・・・」 そう風早に言っても浮かない表情のままだ。俺はどうすれば風早の調子が良くなるか考える。 いつも風早は不安そうな顔をする。 風早は、風早だけが俺のことを好きみたいなことを言う。風早の一方的な愛だけが見える。 ・・・俺はそんな風早にちゃんと返せていたのだろうか。 思い巡らしてみるが、返せていない気がしていた。 そう思うと、なんだ、そんなことかと気が楽になった。 俺の言葉が足りなかっただけだ。 これからは恥ずかしくてもちゃんと伝えるようにしないといけないのだ。 「か、風早・・・」 トイレには誰もいなかったが、万が一のことを考えて俺は風早を個室へと引っ張り込んだ。 風早の服の裾を掴みながら、なんて言えばいいか思案する。 水族館が好き?今日これてよかった? そんなんじゃだめだ、風早からの愛を同じだけ、同じだけ返さないといけない。 「幸・・・?」 目をまん丸にさせた風早が俯いた俺を覗き込んだ。絶対俺今顔赤い。 「あ、あのだな・・・」 「うん」 「大好き・・・」 「へ?」 「風早が、大好きだから・・・、一緒に出かけるのも楽しいし、俺は別にお前が養子とか関係ないっていうか・・・あぁぁぁっ、とりあえず俺はお前といられたらなんでもいいのっ!わかったか!」 恥ずかしくって途中から早口でまくしたてると、気づいたら風早の顔が眼前に迫っていて。 「んっ、ふぁっ」 柔らかい風早の唇。リップを携帯している風早の唇はいつでも柔らかい。お陰でキスが気持ちいい。 「ありがとう、・・・そうだよね、ごめんね、疑ってるわけじゃないんだけど」 風早の頭からはきっと俺と海とのことが離れないのだ。 付き合ったから、心で通じ合うなんてない。 ちゃんと伝えなければ、わからない。 「俺も、ごめん・・・」 そう言って風早に抱きつくと、ギュゥっと力一杯抱きしめられた。信用できるこの力強さが心地よい。 「俺も大好きだよ、幸」

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