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第77話

「あっ、すみません・・・」 俺はすぐに一歩ずれると、お婆ちゃんはすみませんねぇ、と眉を下げて言った。 それから沢山並んだリップを見つめたまま固まってしまったお婆ちゃんに、俺はどうしようかとオロオロしているとお婆ちゃんが突然こちらを振り返って言った。 「こんなに小さい字じゃ見えなくてねぇ・・・、ワインレッドって書かれたリップはどれかわかるかい?」 あ、ワインレッド・・・。それはさっき教えてもらったからわかる。 俺はすっと手を伸ばして、ワインレッドと書かれたリップを手に取った。 「これ・・・ですかね?」 「あぁぁ、これじゃよ、ありがとうねぇ」 そう言って笑うお婆ちゃんの笑顔になんとなく見覚えを感じたが.、それは何かわからなかった。 またヨロヨロと歩き出したお婆ちゃんの背中はとても小さい。思わず背中を支えようかと思ったが、後ろから先ほどの店員に呼び止められた。 「このリップはいかがでしょう?」 何かまた呪文の羅列が始まったが、俺はそれを軽く聞き流して何でもいいか、とそれにしますって頷いた。 難関だったが、なんとかリップを買うことができて満足だ。 あとはケーキ屋でケーキを受け取るだけだ。俺は丁寧に包装されたリップをグシャグシャにならないように鞄に入れる。 化粧品店を出ると、視界の端に先ほどのお婆ちゃんが歩いているところが見えた。俺の家と同じ方向だ。 思わずお婆ちゃんの方に駆け寄ると、ゆっくりとこちらを振り向いたお婆ちゃんがまた見覚えのある笑みを浮かべる。 ・・・誰に似てるんだろう。 「さっきはありがとね」 「あ、いえ、俺は何にも・・・」 杖を持つお婆ちゃんの手が震えている。足腰が弱いのだろう、支え方がわからなくて動揺しているとはっはっとお婆ちゃんに笑われた。 「あんたは優しい子だねぇ、私はもう大丈夫。もうすぐお迎えが来るからね」 お迎えと言われて不謹慎にも、どちらのお迎えなのかわからなかった。それほどお婆ちゃんの存在は危うく見えた。 だが、そんな俺の心配もすぐに杞憂に終わった。 今度は見覚えのある車がお婆ちゃんの目の前に止まる。運転席に乗っているのは佐野さんだった。 「さ、佐野さん・・・」 「あれ、知り合いかい?」 「し、知り合いというか・・・」 まさか風早の恋人で、デートに行った時に知り合ったなんて言えない。 言葉を濁していると、佐野さんが運転席から降りてきた。 「お身体に触るから一人での外出は控えるようにってあれだけ!」 焦った様子でお婆ちゃんの肩に手を回し、巧みに車へと引き上げる。俺のことには目に入らないようで、そそくさと運転席に乗った佐野さんはピューっと車で走って行ってしまった。 ・・・今の人って、まさか、な。

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