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第82話

否定してもきっと信じてくれないだろうと俺はあっさりと認めた。すると、樹が急に顔を真っ赤にする。 「で、ですよね、はい、うん、知ってたけど・・・」 俯いていてもわかる、樹の顔が赤いこと。何だか俺まで恥ずかしくなって来た。 「他の人にバレてたりするのか・・・?」 「あー、いや、多分バレてないと思います。海先輩は知ってるんですよね?」 「い、一応・・・」 樹が泣きそうな顔をして呟いた。 「・・・幸先輩には、どう頑張っても、」 「い、樹・・・?」 「っ、勝てない・・・っ」 ついにポロポロと涙を流しだした樹にどう声をかけていいのか分からない。樹の肩を撫でようと差し伸べた手を軽く振り払われて、居場所の失った手が俺の前に佇んでいる。 「・・・海は好きじゃない人と水族館には行かないと思う、けど」 絞りに絞り出した返事。ピク、と俯いたままの樹が反応した。 「でもそれは、海先輩が優しいからで・・・」 「あいつはそんなに優しいやつじゃないね、俺はそう思うよ」 目を閉じれば蘇るあの記憶。 –俺のこと少しでも嫌いじゃなかったら抵抗しないで あの時の海の目、欲情した海の顔、雄の顔。とっくに治った顎の傷がチリ、と痛んだ気がした。 「水族館に行ったのだって、俺の我儘に嫌々付き合ってくれただけなんです。本当は、海先輩は俺となんて一緒に行きたくなかったはず・・・。実際、海先輩は俺じゃなくて、俺を通して幸先輩を見ていました・・・」 「でも、俺はちゃんとっ」 「海先輩をフったんですよね、それくらい知ってます。でも、海先輩は諦めきれてないんです。俺も、諦めきれない・・・」 止まっていた涙がまた溢れ出して、ポタポタと床に落ちていく。 あの時、唇を許してしまったから?いや、それでも俺はちゃんと言ったはずだ。風早が好きだ、と。 「ただのかすり傷だから」 「でも結構血流れてたけど・・・」 廊下の方から見知った声が聞こえてくる。海と風早だ。俺は咄嗟に樹の手を取って階段裏の奥にある裏口から外へ出た。 裏口は体育館の裏へと繋がっている。そこの道は誰にも手入れされておらず、雑草が茂っていて一時夜に幽霊が出るなど噂がたっていたこともあって誰も近寄らない場所だった。 「お、俺、樹の手伝いするからっ」 「・・・へ?」 「俺も悪かったんだと思う、俺の責任だ。だから、俺がなんとか・・・」 樹の手を取ってそう言ってはみたが、樹はあまり良い顔はしなかった。

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