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第83話
「そんなこと・・・幸先輩に頼みたかったわけじゃないんです、俺」
俺の手をあっさり離した樹はまた顔を背けて言った。
「じゃぁ、なんで」
「男同士って、幸先輩は苦しくはないですか・・・?」
思いがけない樹の質問に思わず戸惑う。すぐに返事できないでいると、樹がまたポツリと呟いた。
「もうこんな不毛なことやめた方がいいのかな、って・・・。毎日海先輩が帰るまでグラウンドで待って、お弁当なんかも作ったりして・・・。その上男同士の付き合いが辛いものだったら、俺、俺、・・・」
うずくまって、また涙を流す樹。ここまで思いつめていたのか、と俺は気づいてあげられたなかった自分を責めたくなる。
でも、一つだけわかることがある。
「俺も同じこと考えたことあるからわかる。でも、俺は風早と一緒にいると最高に幸せだって思えた。今までの辛いことがすべて吹き飛ぶくらいにな」
俺自身、恋愛について何か言えた立場じゃないけれど俺の経験でいいなら樹に何を話してもいい。
「辛くない恋愛なんてないと俺は思うよ。海だって今はすごく迷っているんだと思う。その証拠に、樹は本気で海から拒絶されたことはないんだろ?それが答えじゃないかと俺は思う」
自分でそう言って、風早の言葉が脳裏によぎった。
−俺、今最上級に幸せだよ
ああいった風早の言葉に嘘はない。あぁもう、俺は何一人でこそこそと悩んでいたんだ。樹にばっかり良い顔して結局最後には俺も救われた。
「・・・、ありがとうございます。俺、もうちょっと頑張ってみます」
顔をあげた樹の目にはもう涙はなかった。
「もう、出て行ってもいい・・・?」
裏口の方から声が聞こえる。今まで気づかなかったが、曇りガラスの向こう側に二人誰かが立っているのが見えた。
「え、も、もしかして・・・」
キィ、と音を立てて開かれた扉の奥に立っていたのは、やはり風早と海。二人とも気まずそうな顔をして、肩をすくめた。
「おはよ、幸」
最近バスケ部の助っ人に呼ばれている風早は体操服を着ている。先程まで練習していたのか、額から汗が流れていた。
「もうおはようの時間じゃないだろ・・・ってなんでここにいる!!」
「そりゃぁ幸の声が聞こえてきたからに決まってるでしょ?」
何当然のこと言わせてんの、と俺を見つめる風早。・・・もう、調子狂うよ本当に。
「話、聞いてた?」
風早にそう問いながら樹を見れば、まだこの状況がわかっていないのか口を開けたまま固まっていた。
「うん、まぁ・・・ね?海」
だんまりだった海が照れ隠しなのか、口をとんがらせて小さくうなずいた。頬が少し赤い。
「二人ともくっついちゃいなよ、ね?幸」
風早がいつもよりニコニコしている。風早の笑顔に呼応するように、周りの雑草がざわめいた。
「俺、その、えと、あ、なんか、どうしよう、え、・・・」
ようやく事態が読めたらしい樹が顔をユデダコのように真っ赤にして勢いよく立ち上がった。勢いよく立ち上がりすぎて足をくねったのか、ひゃぁっなんて間抜けな声を上げる。ぱっと、口を手で抑えて樹はそのまま走り去ってしまった。
「樹っ!!!」
俺が手を伸ばすより前に樹は走って行ってしまう。思わず海を睨むと、海は焦ったような顔をして樹を追いかけて行った。
「これであの二人もくっつくんじゃないかなぁ・・・」
風早が先程の笑みを崩さずそう言った。計算して行動しているのか、それとも計算していないのか。どちらにせよ、怖い人だ。俺は夏なのに寒気で鳥肌がぞぞっとたった。
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