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第84話
「あー、幸ぃー」
突然ぎゅぅと抱きつかれて、思わずバランスを崩しそうになる。
「ちょっと・・・、汗臭い・・・」
「ひどい、俺幸の汗なら舐めれるよ」
「は、普通に引く・・・っ」
汗で少し湿った首筋をペロリと舐められて、ビクビクと体が跳ねる。
「ちょっと、ほんとに、っぁっ」
べろん、と首筋から耳たぶまで舐めて、甘噛みされる。時節かかる風早の鼻息もこそばゆくて、目を閉じると鼻先にキスされた。
「俺といると幸せって言ってくれて嬉しいよ、ほんとに」
そういえば、さっきの話聞かれていたんだ。さっきまで樹の話に手一杯で自分が何言ったかなんてあまり気にしていなかった。
はぁぁぁ、と大きなため息をついて風早がもたれてくる。支えきれなくて、近くの太い木に背中を預けると風早がこもった笑い声をあげた。
「好きな人とこうするのって、こんなに幸せなことだって二人も気づけたらいいのにね」
今頃海は樹に追いついただろうか。何を話して、お互いどんな顔をしているのだろう。
あぁ、想像だけじゃ足りないな、あとで二人からきっちり聞かないと。
パシャ、とかすかに音がした。木陰で涼しい風を浴びながら抱きついていた俺たちはその音に顔をあげる。キョロキョロとあたりを見回して、風早が俺から離れた。
「誰かいる」
小さい声でそう呟いて、風早が俺を隠すように俺に背を向けて立った。
「・・・、誰?」
一生懸命音の鳴った方を見つめるが、あるのは乱雑に生えた草だけ。人影一つ見えない。
「あーあ、三保だけじゃなくお前まで男に走ったら婆さんなんて言うだろうなぁ」
「・・・栗原か」
校舎の脇から携帯を持ちながら現れたのは栗原守。アイドルがこんなところに来て騒ぎにならないのだろうか。
「婆さん卒倒して死んじゃうよ、風早お前責任取れんの?」
栗原の言葉に、風早が悔しそうにぎりっと歯ぎしりする。いつもあんなにニコニコしている風早が。
「お前に関係ないだろ、第一後継の座は譲ったんだし無理に関わろうとしなくて良い」
「関係ないって、なんだよっ!!!後継じゃなくなったからって、なんでも許されるとは限らない」
「なんでも許されるなんて思ってないよ。でも、誰が誰と付き合おうと自由。自由じゃない道を選んだのは、後継に選ばれたお前だから」
「好きでこんな道に来たわけじゃない・・・」
「俺に言われても困るよ。守が悪いんじゃないよって、慰めればいい?」
「ふざけるなっ!!!これを婆さんに見せればどうなると思うっ!!!医者は末期の癌だって言ってた。いつ死んでもおかしくないって、そんな婆さんにお前は男が好きだから女とは結婚できないって、選んでくれた女とは結婚できないって言えるのか」
栗原が言った、選んでくれた女。きっとあのリストに載っていた女性たちのことを言っているのだろう。
風早がなんて答えるのか聞くのが怖くて、怖くて、たまらない。
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