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第90話

「私はもう長くはない。短い時間で、もう一人の私を説得するのは不可能なの。安心させてあげることが大事だと、私は思うわ」 お婆ちゃんの言っている意味がすぐにはできなかった。口紅を持ったまま、何も言わない俺にお婆ちゃんが悪戯っぽく笑う。 「ごめんなさいね、これしか思いつかなかったの。嫌だったらしなくてもいい、強制じゃないわ」 「つまり・・・俺に女装しろって・・・ことですか・・・?」 持っている口紅を塗り、女の恰好をしてもう一人のお婆ちゃんに会って、安心させる・・・?安心するのだろうか、そんなので。彼女は騙されてくれるのだろうか。 「ふふ、そういうことよ。あなたと一緒にいるときの風早はとても幸せそう・・・。彼女はきっと風早のあんな顔見たことないの」 「でも・・・」 「大丈夫よ、あなた可愛い顔してるもの。風早にどれだけお見合いさせても頷かなかった訳だわ」 「俺・・・、お見合いの紙、見ました。たくさんの人がいて・・・」 物置のところで見つけた紙。女性の名前が並んでいて、そうだ、峰山風香って書いてあった。 「あら、見たの?一人だけ仲いい子がいたけど・・・、確か風香さんだったかしら」 「お、見合い成立したんですか?その人と・・・」 「やだわ、するわけないじゃない」 俺の質問にお婆ちゃんが鼻で笑う。 「でも仲よかったなら・・・」 「するときに吐いちゃったのよねぇ、無理やりさせたのは私だけど」 するとき?吐いた?疑問が頭の中で飛び交っているのがお婆ちゃんにバレたのか、彼女は詳しく教えてくれた。 「セックスよ、セックス。仲良かったし、既成事実作りなさいよってもう一人の私がそそのかしたの。でも、風早は直前に吐いちゃったの。今考えると元々男しか受け付けない体だったのかもしれないわ」 セックス、と断言するお婆ちゃんに驚いて、え、と声が出た。だってまさか、こんな、お婆ちゃんがそんなこと言うとは思わないじゃんか。 「風早、可愛かったらどっちでもいいって言ってましたよ」 「そんなの強がりに決まってるでしょう?隠すのがうまいから」 あ、とお婆ちゃんが付け足す。 「面白いこと教えてあげるわ。あの子、お化けが世界で一番苦手よ」 うふふと笑うお婆ちゃんに、血は繋がってなくても親子なんだなと思った。悪戯そうに笑う顔が風早にそっくりだ。

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