91 / 155

第91話

「幸っ!!!」 お婆ちゃんの部屋から出ると、風早が駆け寄ってきた。こめかみに汗が垂れている、走ってきたのだろうか。 「え、なんで・・・」 「ばかっ!!!急にいなくなったら心配するでしょ!!!もぉ・・・」 ぎゅぅぅぅと首が絞められるくらいに抱きしめられる。はぁはぁ、と息が上がっている風早を見てたら何だかどうしようもなく気持ちがあふれ出しそうになる。 「・・・ごめん」 そっと抱き返すと、さっきよりきつく抱きしめられる。イタイイタイ、と零すとゆっくり風早は力を抜いた。 「何もされなかった?」 「されては、ない・・・けど」 「けど?」 女装しろ、と言われたなんて言ったらどんな顔するだろう。見たい、とキラキラした目で言われる気がする。いや、そんな気しかしない。 「・・・、言わない」 ぷい、と口を尖らせてそう言った。絶対教えてやんない、もう俺一人でお婆ちゃんに会った方が良さそうだ。 「なんでっ!?何されたの!?ねぇっ!!!」 ぐらぐらと肩を揺すられて、俺は風早から目をそらす。 「こっち見てよっ!!!」 「まぁまぁ、坊ちゃん。もう遅いですし、今日はこちらで晩御飯食べてください」 そうだ、後ろに佐野さんいたんだ。抱きつかれてるの、見られてる。 急に恥ずかしくなって、風早からそっと離れると不満そうに睨まれた。 「坊ちゃんの好きなクリームシチューですよ。よければ幸さんもどうぞ」 クリームシチューという単語に小さくお腹が鳴る。いろんなことがありすぎて忘れていたけれど、お腹空いてたかも。 「俺もいいんですか・・・?」 もちろん、と頷く佐野さんに俺はやった、とガッツポーズした。シチューなんて久しぶりだ。 「ねぇ、俺のこと忘れないでよぉ」 首元にちゅぅぅと吸い付かれ、俺はうひゃぁと間抜けな声をあげる。 「やめろってばっ、佐野さんの前でっ!!」 バタバタ暴れても離してくれないので、助けを求めるように佐野さんを見つめたが、彼は楽しそうに笑うだけだった。 「あ、綺麗にできた」 「何が・・・?」 「キスマーク」 「おいっ!ほんとにっ!!」 吸われていた箇所を押さえて、佐野さんの後ろに慌てて隠れる。相変わらず佐野さんは楽しそうに笑うだけだった。

ともだちにシェアしよう!