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第92話
「あれ、幸・・・、何持ってんの?」
「あ、いや・・・何も・・・」
俺は素早く手に持っていた口紅をポケットに隠した。持ってたの忘れてた、こんなの見られたら・・・。
佐野さんの後ろに隠れていたのに、気づけば風早が目の前にいた。隠したのが気に食わないのか、俺のポケットに手を突っ込んだ風早が口紅を探そうと手を動かした。
「く、くすぐったい、やめろって、おいっ」
ひとしきり俺の太ももを撫でまわした後、ずぼっとポケットから手を取り出した風早は、自分の手を見つめた固まった。
「なにこれ・・・、口紅?」
「あ、いや、まぁ、いろいろあって・・・」
なんとか弁解しようと、思考を巡らせるが良い言い訳が思いつかなくて、俺は冷や汗を垂らす。
「俺絶対許さないから!!!!!!!」
急に大声を出したと思ったら、きぃっと俺をにらみつける風早。意味がわからなくて、ぽかんとしていたらまた怒鳴られた。
「この浮気者っ!!!!俺というものがありながらぁぁぁっ」
「はぁぁぁぁぁっ!?なんだよっ!!!!人のこと浮気者ってっ!!ふざけんなよっ!俺はお前が好きだって言ってんだろっ!!!」
「じゃぁなんで口紅持ってるのっ!!絶対許さないから!地の果てまでついてってやるからっ!!」
「お前のお婆ちゃんに貰ったの!!!これで女装しろって!!!!!」
「・・・え?」
あ・・・。失敗した、失敗した。いうつもりなかったのに、口から出た。
「なんでもない・・・」
今度は風早がぽかんとしている。俺は素早く口紅をぶん取ってポケットに突っ込んだ。逃げるように廊下を早歩きする。
「ちょっと、ちょっとっ!!ねっ!」
すぐに風早がついてきて、俺は歩くスピードを速めた。
「なんで逃げるのっ!女装ってなにっ!!ねぇっ!!」
風早が走ってきた。俺もすぐに走る。エレベーターに乗っている暇もなくて、階段を駆け下りた。まぁでもスポーツ万能野郎には勝てるはずもなく・・・。
「捕まえたっ」
俺はすぐにつかまってしまい、気づけばまた風早の腕の中にいた。
「・・・なんだよ」
「女装ってどういうこと?教えて。教えてくれないと離さないから」
佐野さんの前でキスするよ、深いやつ、と耳打ちされ、俺は素直にお婆ちゃんに言われたことを話したのだった。
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