107 / 155
第107話
「本当に・・・好きなのね」
てっきりため息でもつかれておしまいだと思っていたのだが、お婆ちゃんはぽろっとそう零した。風早はその問いにうん、と笑顔で大きく頷いた。
「だから言ったでしょ、俺本気だよって」
「ごめんなさい、少し混乱しているわ・・・」
さっきまでの勢いはどこに行ったのやら、お婆ちゃんの声がどんどん萎んでいく。しめた、と風早は思ったのか追い打ちをかけるように俺にくっついてきた。それを追い返すこともできずに、俺は人形のごとく固まったままだ。
「幸、どうしたの?緊張してるの?しょうがないなぁ」
二人きりでいるときと同じ声色で話しかけてくる。その口調だと耳がムズムズがするからやめてくれ、言いたいことはたくさんあるのに口に出せない。俺が話せないことをいいことにこいつは色んなことをしてくる。見えないところで脇腹をつねってやると風早の顔色が少し変わった。
「わかったからもうやめてちょうだい。少し考える時間が欲しいわ、出てって」
すげなくお婆ちゃんにそう言われて風早はこくりと頷いた。
「俺、ずっと幸と一緒にいるって決めたから。よろしく」
真剣な瞳で淀みない声で、そう言った。ちょっと嬉しい自分が悔しい。
部屋から出るまで俺は恥ずかしさも相まって、お婆ちゃんの顔をちゃんと見えなかった。けれど、どこか優しそうな顔をしてた気がする。そんな気がするのは、俺がそうであってほしいと願っているからなのか。
「大成功でしょっ!!」
風早の部屋に戻ったあと、開口一番そう言った。まぁ、たしかに好感触だったかも、しれない。けどな。
「あんだけイチャイチャするなんて計画になかったぞっ!!!」
「いいでしょ?俺のアドリブ」
「アドリブ、じゃねぇっ!あそこで俺が間違って声だしてたらどうしたんだよっ!」
「まぁそこに怒ってるってことは、行為自体は嫌じゃなかったっていう・・・?」
「勝手に自分の都合で想像すんなっ!!!こんやろっ!!」
ゲシゲシと足で風早の脛を蹴ってやる。痛い、と喚かれたが許してやらない。俺的には明日風早の脛に青タンができるほど蹴ったつもりだ。
「でも、私もよかったと思いますよ。安らかな顔をされてましたし、後半は落ち着いていらっしゃいました」
佐野さんがにこりと笑ってそう言った。まぁ、確かにそうかもしれない。俺が頷くと、風早になんて佐野さんの言うことにはすぐ同意しちゃうのさっ!と怒られてしまった。
「治らなかった二重人格が治るかもしれないんだよ、幸。すごいことだよ、今までいろんな医者に見せたけれど治せなかったからね」
二重人格の起こる仕組みはいろいろあるらしい。昔、お婆ちゃんはきっと自分の状態が辛くて部屋を作って閉じこもってしまったのだ。お婆ちゃんが部屋にこもっている間、誰かがお婆ちゃんのフリをしていなくてはいけない。そうして人格が増える。トラウマのせいで、そのトラウマを思い出したくない一心でその記憶を切り離してできる人格のタイプもあるらしいが、お婆ちゃんはきっと前者であろう。佐野さんがそう言っていた。
二重人格の人は、その辛い状態を知ってもらうこと、理解してもらうことで治ることがあるらしい。人格の消滅というより、吸収されるといった方が正しいのかもしれない。
手助けできてたらいいな。俺なんかでよかったら。
ともだちにシェアしよう!