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第109話

チュンチュン、と鳥のさえずりが聞こえて俺はパチリと目を開けた。自分の部屋の天井なのがどこか久しい感じがする。ベッドの下に落ちていた携帯を拾い、電源を入れた。時刻は八時を指している。 「ね、寝坊した!!!」 すぐさま飛び起きてパジャマを脱ぎ捨てる。急いでシャツに手を通し、ズボンを履く。押入れの隅に落ちていた靴下をものの数秒で履いた。椅子に乱雑に置いてあったリュックを手に取り、階段を駆け下りる。迎えが来るまであと数分しかない。リビングに向かうと何やら神妙な面持ちをした母さんがいた。 「母さん、なんで起こしてくんないん・・・」 そこまで言いかけてやめる。朝ごはんを食べている暇もない。俺は母さんの様子がおかしいことを感じつつキッチンに置いてあったお弁当をリュックに突っ込んだ。テレビを見れば時刻は八時七分で、きっともう家の前に風早が待っているだろう。駆け込むように洗面所へ向かい、顔を洗って歯を磨いた。寝癖で少々髪が跳ねていたが、水で濡らして手で伸ばすことしかできない。 これくらいなら平気だ、と自分に言い聞かせて俺は家から飛び出した。 「お、おはようっ」 ぜぇぜぇと息を荒げて走りこんできた俺を見て風早が首を傾げた。 「お、おはよう・・・?」 「ごめん、待ったか?」 季節はもう秋に入りかけているのにこめかみから汗が垂れてくる。 「待ってないよ、俺もさっき来たところ」 その真意は分からないがとりあえず、そっかと返事した。息を整えて風早と並んで歩き出す。 「寝坊したの?」 「ま、まぁ・・・そんなとこ」 「飛び出してくるからびっくりしちゃった。余裕あるしもうちょっとゆっくりしててもよかったのに」 朝のホームルームが始まるのは八時四十五分。今がちょうど八時十分だから、十五分ほど歩いて学校に着いてもまだ二十分くらい余裕はあった。 「待たせちゃ、悪いと思って・・・」 約束はしていないが、最近は毎日風早と学校に行っている。海は樹と一緒に行っているのだろうか。 「えぇ、可愛いんだけど」 「なんでだよ!!」 照れ隠しに風早の脇腹を突いてやった。いた、と大げさな反応をされる。 「もぉ〜、照れ隠しでちゅか〜」 わしゃわしゃと髪を撫でられて水でどうにかなっていた寝癖がぴょん、と立つ。 「ちょ、やめっ、跳ねるだろっ」 「跳ねてても幸だから大丈夫」 「どういう意味だっ」 「可愛いってこと、うさぎみたいで」 「うさぎじゃねぇ!!!」 そこまで言い合って俺は笑いが止まらなくなった。楽しい、なんだか分からないけれど。 歩道橋に差し掛かって、階段を登る。そこである違和感を覚えて俺は立ち止まった。 「あれ・・・」 自分の胸に手を当てて考える。何か、重要なこと、忘れてる、俺。 「ば、絆創膏貼ってくるの忘れた・・・」 昨日家に帰って部屋に閉じこもって、で風呂入って寝たんだ俺。色々ありすぎて忘れてたのか、絆創膏を貼るのを?そんなことあるか? こんな時に限ってベストを着てくるのを忘れている。少し風が冷たいので今の時期にベストを着ても変じゃない。 あぁ、これは完全にやらかしてしまっている。 「絆創膏、忘れたの?幸が?」 あり得ない、と風早が目を瞬かせた。確かめるように俺の胸に手を伸ばす。 「う、うそっやめっ、ぁっ、ちょっ、」 ある二点を探し出して、きゅっと摘まれた。 「ほんとだ」 にぃ、と笑う風早。普通に人が行き交う道の真ん中でこんなことをされている背徳感。いろんなことがごちゃ混ぜになって頭の中が真っ白になった。 「かーわいっ、実は俺絆創膏持ってるから後で貼ってあげるね」 「俺も持ってるからいらない」 「だーめ、幸のは俺が貼るの。貼らせてくれないならこのまま弄っちゃうよ」 「・・・、わかった」 こうして学校のトイレでまた弄られまくるのだった。 俺も甘すぎる。というか、絆創膏を貼らないなんて風早に出会った時を思い出してしまう。あの時は本当に最悪だった。今も最悪だけど。

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